
これは、私が体験した恐ろしい出来事です。
夢だったのか、現実だったのか――今でもはっきりしません。ただ、その感覚だけは鮮明に残っています。
ある冬の夜、目を開けると、私は見知らぬ廃病院の一室にいました。薄暗く、黄ばんだ壁が不気味に響き、蛍光灯が点滅し続けています。周囲には誰もおらず、静寂のみが支配していました。
私は異様な不安を感じ、奥の自動ドアに目を向けました。そこから逃げ出せれば、この奇妙な場所から解放されると感じました。足を踏み出そうとしたその時、背後から女の声が響きました。
「そこには近づかないほうがいいわ。」
振り向くと、白衣を着た看護師が立っていました。その制服は古びていて、袖口には血のような赤い染みがありました。彼女の顔はよく見えませんでしたが、冷たい視線が私を突き刺すように感じました。
「何が起きているんですか?」
私が問いかけると、彼女は微笑みながら何も答えませんでした。すると、受付の電光掲示板が目に入りました。
「こんばんは、田村裕介さん。あなたは無免許運転で――」
血が引く思いがしました。そんな事実はないのに、掲示板は続けます。
「こんばんは、鈴木美香さん。あなたは未成年飲酒で――」
周囲を見渡すと、いつの間にか多くの人々が無言で座っていました。彼らは虚ろな目で掲示板を見つめ、まるで生気を失ったように見えました。
突然、無表情の病院職員が一人ずつ前に現れ、淡々と告げました。
「あなたは、こちらへ。」
呼ばれた者は抵抗せず、すっと立ち上がり、連れて行かれました。何人も、何人も、静かに消えていく様子に、私は強い恐怖を覚えました。
私の名前は呼ばれませんでしたが、どこか安心感よりも不安が膨らみました。夜が明けると、再び同じ部屋に戻されましたが、周囲の人数は減っていました。
そして、とうとうその瞬間がやってきました。
「田村裕介さん、こちらです。」
その声は冷たく、無機質に響きました。無言で立ち上がり、職員の後ろを歩きました。廊下は長く、壁に掛けられた古い絵画や時計が狂っているように見えました。
途中、扉の隙間から悲鳴が漏れ聞こえました。
「助けて…!誰か助けて!」
その声は人間のものとは思えないほど歪んでいました。私は耐えきれず、職員を押しのけて逃げ出しました。
廃病院の中は迷路のようで、どこまでも同じような廊下が続いていました。方向感覚が狂い、逃げ場がないことに気づいた瞬間、視界の片隅に動く影を見ました。
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