
長編
山男との夏
匿名 2024年7月23日
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俺の地元にはS丘陵という、そこそこ有名な山林地帯が広がっていた。3県にまたがっているので、面積も結構広い丘陵地帯だった。
大学生のころ。俺と友人Aはその丘陵地帯のすぐ麓に住んでいたので、暇さえあればバイクで山の中に入り、オフロード走行を楽しんでいた。
(これはそんな俺たちがある夏に体験した話です。幽霊とかではないのですが、当時はかなり衝撃的な出来事だったので思い出し、綴ります。お暇な方だけお付き合いください。)
ある夏の夜。
俺たちはいつものように山の中をバイクで走っていた。
昼間は散歩している人もいるので、山の中を走るのはもっぱら夜だった。
時刻が夜中の12時になろうかという頃。
俺とAはようやく山を下り、山道の入り口の脇にある小さな駐車スペースにバイクを停め、エンジンを切って、バイクにまたがったまま一服していた。
真っ暗で、一個だけある街路灯がぼんやりと周囲を照らしているだけであった。
山からは虫や、たまに何らかの動物の鳴き声が響いていた。
Aは山に背を向けてこっちを向いて立っており、俺はそのAと他愛無いお喋りをしていた。
その時不意に、Aの背後の山のほうに何らかの気配を感じた。
でも山は真っ暗で何も見えない。
気のせいだろうと思い、Aとそのままくだらない話を続けていたその時、
突然Aの背後を背の高い人間が通り抜けた。
俺は思わず絶句し、目を丸めて固まってしまった。
ゾゾっと全身を鳥肌が覆った。
足音もまるでなく、突然山の中から出てきたその大きな人間は、お喋りをしている俺たちを一瞥もせずに、無言のままAのすぐ後ろをゆっくり歩いて通り過ぎたのだ。
驚愕の表情で固まった俺の視線を追って、Aもその人間に視線を向け、同様に硬直した。
その人間はそんな俺たちを意に介さず、そのまま町のほうへ向かってゆっくりと歩いている。
その姿が街路灯にぼんやり浮かび上がったとき、俺はますます恐怖に固まってしまった。
その姿は、とにかく異様だったのだ。
頭の先からつま先まで、継ぎはぎだらけの茶色い布のようなもので覆っていたのだ。
顔も布に覆われ、性別も分からない。ただ背の異様に高い人間であることは確かだった。
その人間はゆっくりと、体を左右に揺らしながら歩き続けている。そうして、猫背気味のその背中はやがて闇の中に姿を消した。
「・・・・・・・・今の、人間だよな? 幽霊とかじゃ、ないよな」
「・・・・うん、だと思うけど。あんなにハッキリ幽霊って見えないだろうし」
俺たちは死ぬほど驚き、ビビっていた。
突然真夜中の真っ暗な山の中から全身布に覆われた無言の大きな人間がすぐ横に現れたら、誰だって恐怖を感じるはずだ。
幽霊なのか生きてる人間なのか、それすらわからず、俺たちはその場からしばらく動けずにいた。
「・・・行ってみる?」
Aが言った。町の方へ姿を消したさっきの人間を追うか?と。
いずれにしたって俺たちも町の方へ帰らなきゃならない。俺たちは恐る恐る先ほどの人間が姿を消した道へ向かってバイクを走らせた。
しかし結局その後その人間を見ることはなかった。
「その日は」の話だが。
それから2週間ほど経った夜。
Aから「今すぐ来い!」と電話が入った。
「あいつを見た」と言う。「あいつ」とは当然、2週間前に突然山の中から現れたあの布に覆われた大きな人間のことだ。
あの日以来俺たちは「あいつ」のことを「山男(ヤマオ)」と勝手に呼んでいた。
俺はバイクを飛ばしてAの指定した場所へ向かった。
Aとは近くのコンビニで合流し、Aが山男を見たというその場所へ向かった。
それは前回山男に遭遇した山の入り口からほど近い、畑に囲まれた農道だった。
Aがバイクで走っていたところ、山男がその道を歩いていたのだと言う。
例によって全身を継ぎはぎの薄汚い布で覆っており、表情はおろか性別すら分からない状態だったそうだ。
そしてAが言うには、山男は農道に停まっていた軽トラックに乗り込んだのだと言う。
俺たちがその農道にたどり着くと、果たしてそこにエンジンの切られた軽トラックが一台、ぽつんと停車していた。
「あれだよ。あの中に乗るとこ見たんだ」
俺たちは離れたところにバイクを停め、そっと軽トラの様子を窺った。
暗闇の中、静まり返った白い軽トラのボディ。荷台には木の枝のようなものがこんもりと載っていた。
そのまましばらく見ていたが、山男が出てくる気配も、車が動く気配もない。
「動かないね」
「もしかしたらもう車の中にはいないんじゃないの?」
その可能性が高かったが、車のそばまで行って様子を見る勇気はなかった。
結局その日はそのまましばらく変化がないことを確認し、解散した。
山男の車は軽トラ。ナンバーも控えた。ひとつ収穫だった。
それから数日後。
再び興奮したAから電話がかかってきた。
「今!今俺の車の目の前を山男の軽トラが走ってる!」
「マジ!?どの辺!?」
この日はまだ夕方、明るい時間だった。
Aから聞いた場所に向かって、俺はバイクを走らせた。
その後もAからの電話が現状報告のようにかかってきて、最終的に山男の軽トラが山の近くのセブンイレブンの駐車場に停車したという報告を受けた。
俺は慌ててセブンに向かった。
俺がセブンに着いた頃には、既に山男の軽トラはなくなっていて、Aが一人、俺の到着を待っていた。
俺の顔を見るや否や、彼はまくし立てた。
「山男が、普通に、セブンに入ってったんだよ!全身布切れで覆ったまま!ほかに客はいなかったけど、店員はマジ引いてたよ!俺見てたんだけど普通に何本か缶ビールと食い物買って、そんで、あの軽トラ乗って、どっか行っちゃったんだよ!」
「顔は見えなかった?」
「全然!目のところだけ布に切れ目があったけど、でも外からじゃ全然見えない」
「やばいな、山男」
「やべえよ、山男!」
山男は普通にコンビニで買い物をする。またひとつ、収穫だった。
それからというもの、俺とAは町中で常に目を光らせ、山男の軽トラを探すようになっていた。町中と言っても田舎の寂れた町なので、人口も車の数も家の数も多くはない。その気になればすぐにでも見つけられると思っていた。
軽トラが停まっていた農道や、初めて山男に遭遇した山の入り口付近は、定期的に見回りもした。何しろ暇な大学生だ。金はないけど時間だけはいくらでもあった。
しかしそれ以降、ぱったりと山男と遭遇することがなくなってしまった。
一度、Aの母親がコンビニで山男らしき不審な人物に出くわして驚いたという話を聞いたぐらいで、俺とAの目の前に山男が出てくることはなかった。
そして日々は流れ、夏が終わろうとしていた。
俺たち大学生の夏休みも残りわずかになり、山男の存在も俺たちの中で薄らいできていた。
そんな時、Aがまたもやビッグニュースを持ってやってきた。
「山男の正体が分かった!」
Aは例によって興奮気味に言ってきた。
今から行っていいかとAから電話があり、彼が俺の家に来てすぐのことだった。
「祖母ちゃんから聞いたんだ、山男のこと、祖母ちゃんが知っててさ」
Aのお祖母ちゃんは90歳近くでもなお元気で、地元生まれの地元育ち。俺も顔なじみの優しいお祖母ちゃんだった。
Aはお祖母ちゃんと同居だったので、なにげなくお祖母ちゃんに山男の話をしたところ、お祖母ちゃんから予想だにしなかった言葉が返ってきたのだそうだ。
「おばあちゃんが言うには、昔戦争が終わったころ、この辺から出征した男が生きて帰ってきたんだって。でもその男は銃撃だか爆撃だかで大けがをして、全身ひどい火傷を負って、全身ケロイド状になっちゃってたんだって。元の顔が分からないくらい。で、家族の元には帰らなかったのか、家族がいなかったのかは分からないけど、人目を避けて顔を布で隠して暮らすようになったんだって」
「それ、思いっきり山男じゃん!」
「そうなんだよ。でも祖母ちゃんが直接会ったわけでもないし、そういう男がいるらしい、って昔聞いたことがある程度だとは言ってたけど。あと、割と昔からあの辺のコンビニとかスーパーとかに、全身布で隠した男が買い物に来ているのは知られていたらしくって、みんな、あの人がその戦争帰りの男なんじゃないかって噂にはなってたそうだよ」
なんと、山男は幽霊でもなんでもなくて、戦争で大火傷を負ってしまった元兵士だという事実が判明したのだ。
いや、正確には判明したわけではないが、状況からして限りなくそうに違いないのではないか、と俺たちの中では結論付けられた。
ただ、結局その山男がどこに住んでいて、何を生業にしているのかまでは分からずじまいだった。
夜中に山の中をうろついていたことや、軽トラの荷台に木の枝をたくさん積んでいたことなどから察して、山の管理やそれに近い仕事を誰かから受けているのかな、と想像することぐらいしかできなかった。
以上が今から約20数年前、俺とAが大学1年生の夏に体験した山男との出来事だ。
で、そこから更に7.8年後。
ある時、Aから携帯電話で写真が送られてきた。
本文なにもなし。写真だけがメールで送られて来た。
メールのタイトルには「山男?」とあった。
写真を開くと、俺たちの地元で発行されている地方紙の、とある記事の画像だった。
その記事を読み進んで、俺は何とも言えない気分になり、Aに「かもしれないね。なんだか、悲しい」と返信した。
地方紙のその小さな記事は、要約するとこう伝えていた。
『先日、S丘陵の中に不法に設置されていたテントの中から、半ば白骨化した遺体が発見された。遺体は高齢男性のものと思われ、警察が身元の特定を急いでいる。またテントの所有者は不明で、テントの中からは燃え尽きた練炭が発見されたことから、練炭自殺をはかったものと思われる』
今でも夏が来るとたまに思い出す。
俺たちにとってはちょっとした衝撃を受けた、とある夏の出来事のお話でした。
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