
俺の父は美術や絵画への関心が高かった。
そのため小さい頃は、美術館などに連れて行ってもらうことが多かった。
俺自身も小学2年生の絵で銀賞を取ったり、クラブ活動で美術クラブに入ったり絵や美術への関心は高かった。
中学生になっても美術部に所属し、周りの大部分が運動系の部活で活躍するなか美術室で黙々と絵を描いていた。
家族で美術館に行ったとき、俺が父や妹と同じペースで絵を見ていると
「あいつは自分のペースで絵を見てない。」
みたいな訳の分からない批判を父にされたこともある。
この頃から美術部や美術そのものに少しずつ疑問を持ちはじめる。
運動系の部活は、いつも全校朝会で表彰されるのに対して美術部が脚光を浴びることはなかった。
写生会では学年でトップクラスの作品を仕上げて賞を取り、学年朝会で表彰された俺だった。
だが、その絵も初めは上手だと褒められたものの
「あの絵は父親に描いてもらったのではないか。」
という変な噂も流れはじめた。
実際にその絵は、写生会のあと自宅に持ち帰り家で完成させて翌週に持ってくることになっていた。だが、その絵を家で仕上げるとき頼んでもないが父が手伝った。
その際に些細なことで父に怒鳴られた。
何も言い返せなかった俺は半泣き状態になっていた。
その後、絵の仕上げの一部に父が筆を加えてしまい、俺は何もできず黙認するしかなかった。
そういう経緯があるだけ、「描いてもらった」という噂が流れても、真っ向から否定することができなかった。
中学2年、3年になるにつれて美術への関心や意欲が低くなり、通知表で「4」を取れていた美術の成績が「3」が当たり前になっていった。
実技4科から選ぶ選択科目の授業では、2年生で体育、3年生で音楽のように美術以外の科目を選ぶようになっていた。
そして、高校に進学。
その際、芸術科目は「音楽・美術・書道」から選ぶようになっていたが、俺は迷わず音楽を選んだ。この頃には父は何も言わなくなっていた。
高校生になると絵や美術の道は完全に放棄し、絵を描かないし見ないようになった。
俺自身は、音楽や演劇、理系科目など「父の興味のない分野」に関心を持つことが多くなった。
家族での談話で、父が美術書を見せて
「この絵誰が描いた絵?」
と聞いたとき、妹は全て答えられたのに対し俺は全く答えられなかった。
それで父は
「あれだけ絵を見せたのに、お前は全然分かってないのか。」
と説教されることもあった。
高3のとき、ある夕食の食卓で
後日談:
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