
あの倉庫は、地元じゃ有名だった。
港湾地区の外れにあって、もう何年も使われていない冷凍倉庫だ。
取り壊し予定は何度も出たらしいが、地権が絡んで話が流れ続けている。
肝試しだの心霊スポットだのという扱いもされていたが、俺にとっては単なる廃構造物だった。
俺は建築学科で、卒論のテーマは戦後の冷蔵・冷凍施設の構造変遷だった。
あの倉庫は内部の梁や断熱層が古い形式のまま残っていて、図面と実物を照合するには最高の教材だった。
三年前の夏、ゼミ仲間を四人誘って中を見に行った。
俺、佐伯、それから三人。佐伯は写真が趣味で、何でもかんでも記録に残したがる男だった。
倉庫に入るときのルールは決めていた。
一人で奥に行かない。
フラッシュは使わない。
撮影は構造物だけ。人は撮らない。
理由は単純で、床が抜けている場所が多く、視界を乱すと危険だったからだ。心霊的な配慮ではない。
だがその日、佐伯だけは例外を作った。
新しいミラーレスを買ったばかりで、「暗所性能のテストになる」と言って聞かなかった。
人を撮らないというルールも、「後ろ姿ならいいだろ」と軽く流した。
内部は予想以上に冷えた空気が残っていて、夏なのに吐く息が白かった。
天井の高い空間に足音が反響し、どこからか水の垂れる音が混じっていた。
二時間ほどで引き上げた。怪我人もなく、変な音を聞いたわけでもない。
拍子抜けするほど普通の探索だった。
異変は、解散前に寄ったファミレスで起きた。
佐伯が撮った写真をタブレットに映して、みんなで確認していた。
配管、梁、断熱材。順調だった。
途中、俺が撮ったはずの通路写真が出てきた。
通路の奥、シャッターの前に、誰かが立っている。作業着姿で、こちらに背を向けている。顔は見えない。
「誰だよ、これ」
全員が首を横に振った。そんな人間はいなかった。
俺もその通路を撮った記憶はあるが、シャッター前には誰もいなかった。
さらに数枚進めると、その人物は床に座り込んでいた。
次の写真では、横倒しになっている。
床の色が、そこだけ黒ずんで見えた。
場の空気が一気に重くなった。佐伯は「知らない。
俺は撮ってない」と繰り返したが、データのタイムスタンプは確かにその日の探索中だった。
念のため通報しようという話になり、佐伯が店の外で電話をかけた。戻ってきたとき、顔色が悪かった。
「警備会社が管理してるらしい。中は確認したけど、人はいなかったって」
俺たちは半信半疑で、今日はもう帰ろうと解散した。
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