
新着 中編
終電0時12分の影
おくすりのんでねよ。 6日前
chat_bubble 0
234 views
終電間近の新宿駅、快速ホーム。
中央線の下りは深夜0時を過ぎると本数が極端に少なくなる。
私は0時12分発の高尾行に乗った。
E233系のオレンジ色の帯、10両編成。
新宿駅の6番ホームには、昼間の喧騒が嘘のように静けさが漂っていた。
車内はまばらだ。
私は真ん中寄りの5号車のドア付近に立ち、窓の外をぼんやり見ていた。
高円寺、阿佐ケ谷――
ここまでは何も異常はなかった。
ただ「車内アナウンスが少し小さいな」と思った程度だ。
阿佐ケ谷を出て、荻窪に向かう区間に入ったときだった。
窓の外、右手に見えるはずの中央線快速の高架下の街灯が、広い範囲で消えていた。
中央線のこの区間は高架だから、普通なら必ず下に街灯がある。
暗いところでも、工場か住宅の光は必ず見える。
だが、この夜は闇が続いた。
そして、荻窪駅に近づくはずの地点で、電車は妙にゆっくり走り続けた。
荻窪駅は島式ホーム(※中央線は上り・下りが同一ホームの左右に入る構造)だ。
だから近づけば必ずホームの強い照明が見える…はずなのに、なかなか光が見えてこない。
「故障かな」と思った瞬間、車内の照明がふっと弱くなり、すぐに戻った。
その“弱まった一瞬”で、私は見てしまった。
通路の中央に、黒いワンピースの女が立っている姿を。
髪が肩より少し長いほど。
顔は見えないが、俯いている。
電車が揺れているのに、彼女だけ微動だにしない。
照明が戻ると消えていた。
電車はようやく荻窪駅に滑り込んだ。
3番ホーム(下り)に停車する。
左右の壁は白いタイル、柱が細かく並ぶ特徴的な構造だ。
ホームの天井は低めで、昼間は人でいっぱいの場所だ。
だが、深夜の荻窪駅は異様に静かだ。
電車が停まると、風が抜ける音だけが聞こえた。
私と同じ車両の乗客が数人降りた。
しかし、車内を見ると――
黒いワンピースの女が、いつの間にか車端のドアの前に立っていた。
乗ってきた気配がない。
そもそもさっきまでいなかった。
ホームに降りようか迷っていると、女はゆっくり顔を上げた。
真っ白な顔。
黒目がやけに大きい。
私は反射的に別の出口から車内に戻った。
ホームに降りてはいけない気がしたのだ。
電車はドアを閉め、吉祥寺に向かった。
吉祥寺駅は**相対式ホーム(1・2番ホームが向かい合う構造)**で、
中央線下りは“2番ホーム側”に着く。
電車が近づけば、必ず右側に井の頭線の跨線橋が見えてくる。
だが、その夜は見慣れた跨線橋の光が、まるで霧に包まれたようにぼやけて見えた。
吉祥寺に着いた。
構内放送がほとんど聞こえない。
乗客が数人降りていく。
私は外に出る勇気がなく、電車の中に残った。
車内には私と数名のだけのはずだった。
そこで気づいた。
黒いワンピースの女が、今度は私の座っているシートの“真向かい”に座っている。
さっき乗っていないはずなのに。
位置を変えた気配もなかった。
吉祥寺駅の発車メロディが鳴り、電車は三鷹へ進み始めた。
この区間はわずか1.5kmほど。
普通ならすぐ着く。
しかし、その夜は違った。
三鷹が近づくはずの地点で、電車はなぜか減速し続け、
暗闇の中をじわじわ走るだけだった。
私の隣の女性客が小さく「さむ…」と呟いた。
冷房は切れているはずなのに、急に冷気が足元を撫でていく。
そして――
車内の照明が一瞬だけ落ちた。
その暗闇の中で、私は見てしまった。
黒い女が吊り革に手をかけずに、宙に浮くように立っている姿を。
すぐに照明が戻ると、彼女は消えていた。
座席にも、通路にも。
震えが止まらなかった。
この怖い話はどうでしたか?
chat_bubble コメント(0件)
コメントはまだありません。