
長編
ざん ざん ざん
匿名 2016年12月27日
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これは、私が6歳の時に体験したことです。
実家は九州の田舎町にあるのですが、私の家は特に人口の少ない方にあって、周りは畑や林に囲まれています。
夜遅くまで起きて遊んでいる私に、母はよくこう言っていました。
「子供は早く寝ないと、幽霊が来て連れて行かれちゃうのよ。本当よ。だからお母さんが隣にいるうちに早く寝なさい。」
私は、そんなことあるわけない、と思いつつもなんとなく怖くて、文句を言いつつも大人しく眠っていました。
ある日のことです。
私は、夜中にふと目を覚ましました。
普段そんなことはなかったのですが、その日はお昼にいつもより長くお昼寝をしていたので、眠りが浅くなっていたんだと思います。
隣では母と父がぐっすりと眠りについていて、私ももう一度眠ろうと思って目を閉じました。
ですが、一度目を覚ましてしまうとなかなか眠れず、布団の中でもぞもぞと動いたり寝返りを繰り返したりしていました。
しばらくして、窓の外から聴こえる音に気がつきました。
ざん 、ざん 、ざん 、というような音で、人が地面を踏むような、機械が動いているような音でした。
ずっと、同じリズムで、ざん 、ざん 、ざん 、と聴こえてきます。
初めは、なんだろうと思って聴いていたのですが、ある事に気づいて急に怖くなりました。
音がだんだんと近づいて来ているのです。
それもどうも道を辿るように、移動しています。
私は怖くなって横で寝ている両親を起こしました。
そうすると父が目を覚まし、私にどうしたのと問いかけました。
「変な音が近づいてきてる。こわい。」
私がそう答えると、父はしばらく静かに耳をすましていましたが、
「音なんてしないよ。動物か何かいたんだろう。気にしないでいいから早く寝なさい」
そう言って、少し不機嫌そうにまた横になって、すぐにいびきをかいて眠ってしまいました。
それでもまだ音はしています。
私は布団に頭までぎゅっとくるまって、耳を塞ぎました。
それにも関わらず音は私の耳に入り、ついに家の前までやってきました。
それは行進のような音でした。
まるで、人が並んで、何十人も家の前を通り過ぎているような音がします。
そんなに広くもない上に、うちの前を通り過ぎればしばらくは街灯も家も、何もない道です。普段そんな数の人がこんな時間に歩くようなことは、まずありません。
私はただただ通り過ぎるのを待ちました。
やがて、音は遠くなり、全く聴こえなくなりました。私はほっとしたことと心底疲れていたことで、いつの間にか眠ってしまっていました。
それから、私はその音を聞くのが嫌で昼間に寝たり、早く寝過ぎるのを避けるようになりました。
寝る前にもちゃんとトイレに行ったりと、子供ながらにいろいろ考え、その成果か、それ以来変な音を聞くことはありませんでした。
それから、数ヶ月、もしかしたら半年近く経っていたかもしれません。
音のことも少しづつですが、ただの自分の勘違いだったのかもしれないと思い始めていた頃です。
布団で眠りについていた私は、家の中の騒がしい音と話し声に目を覚ましました。
その歳の頃の私は時計を読むのがあまり得意ではありませんでしたが、真夜中と言って良いような時間だったと思います。
階段を降りて一階の茶の間に入ると、父と母が服を着替えてばたばたと身支度をしていました。
その時はちゃんと話しをされてもいなかったし、よく理解してはいなかったのですが、
あとに聞いた話では病院に入院していた祖父の容態が急に悪くなり、母と父が病院にかけつけることになったということでした。
「お母さん朝までには帰ってくるから、怖いと思うけどお姉ちゃんとお留守番お願いね。ちゃんと寝るのよ。」
ちょうどその時、眠そうな顔の姉が部屋から出てきました。
母は姉に近づいて何か話して、そのあとすぐに
「いってくるからね、おやすみなさい」
そう言って父と二人で出て行ってしまいました。
私と姉は玄関の中でガラス戸に映る車のバックライトを見送り、それぞれ部屋に戻ることにしました。
「あんたも早く寝るのよ」
私は一瞬あの音のことが頭をよぎって姉と一緒に寝ようかと思いましたが、私と姉はおせじにも仲が良い姉妹とは言えず、結局、私はぶっきらぼうに返事をしてさっさと階段を上がりました。
「わかってるよ!おやすみ」
下で姉のぶつくさ文句を言う声が聞こえましたが、気にせず部屋に入り戸を閉めました。
いつも私と両親の寝る部屋には廊下側が見える小窓があり、夜寝る時は廊下の電気をつけ、部屋の電気は全部消してしまうことになっていました。
そうすると、そのガラス窓から廊下の電気が漏れて、いい感じの暗さになるのです。
私はいつも通り電気を消して、急いで布団に入りました。
姉もすぐ部屋に戻って眠ってしまったようで、家の中はしんと静まり返っています。
私は少し怖くなってきて、早く眠ろうと、目を閉じて数を数え始めました。
眠れない時はそうしなさいと言われていたのです。
1、2、3、4…
しばらくして、音が聴こえてきました。
ざん 、ざん 、ざん 、ざん 、
あの音です。
私は目をぎゅっとつぶって、耳を塞いで、更に数を数えます。
また音は踏切あたりから聴こえ始めて、ゆっくりとうちに近づいてきています。
眠れるはずもなく、ただ必死に音を聴かないようにしているのですが、耳を塞いでも布団をかぶってもなぜか音は聴こえてきます。
とうとうその音はうちのすぐ目の前まで来てしまいました。
ざん 、ざん 、と規則的なその音が家の庭の入り口を半分ほど通り過ぎたかと思った時、急に音が止まり、静かになりました。
ざん 、という音の後に、ざっ、と短い音がして、音が変わりました。
規則的に聴こえるそれは、石を踏むような、じゃりっという音に変わり、私は幼いながらも得体の知れない何かが家の庭に入ってきたのだと確信しました。
怖くて涙がこぼれ、それでも声を出してはいけない気がして必死に口を押さえて音がどこかに行くのを祈りました。
何十人ものそれは、うちの庭に次々と入り、玄関の前まで近づくとまた一瞬止まって、静かになりました。
両親が出かける前に外から鍵をかけて出て行ったので、当然鍵はしまっています。
ガチャン。がらら、と引き戸を開ける音。
また、
ざん 、ざん 、ざん 、ざん 、ざん 、
家の中の板張りの軋む音と、一回の部屋の扉が次々に開けられる音がして、大勢の足音がなだれ込んできます。
私は母の言葉を思い出しました。
「早く寝ないと、幽霊が来て連れて行かれちゃうのよ」
幽霊が来て、こんな時間に眠っていない私を連れ去ろうとしてるんだ。
どうしよう。助けて。
そんなことを考えている間に、ついに音が階段へたどり着きました。
だん、と、一歩階段を踏む音の後に、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、と駆け足で何人も人が登ってくる音がして、私は部屋の隅に逃げて頭から布団をかぶって、ごめんなさい、と、何に対してかは分かりませんがひたすら謝りました。
10人ぐらいだったか、登ってきた音がして、またしんと静まり返りました。
きぃ、と静かに戸の開く音がして、
震えながら布団の隙間から目だけで部屋の中を見ると、そこには、私を取り囲むようにたくさんの人影が立って、こちらを見下ろしていたのです。暗闇の中で、ところどころに、包帯で顔や体、手足を巻いているのが分かりました。が、頭がないもの、足がないもの、腕がたくさんあるもの、体が奇妙に湾曲しているもの。
それはとても人間だとは思えないものたちでした。
私が覚えているのはここまでです。
次の日、なぜか私は早朝に家の近くの畑で親戚に発見され、パジャマはぼろぼろで、ところどころが破れ、体にも擦り傷や切り傷がいくつもできていたそうです。
それから、電話で状況を聞いて父と母がかけつけてくれたのですが、母は号泣していて、何を言っているかよく分かりませんでした。ごめんね、とひたすら謝っていたのだけが頭に残っています。
そのあと警察に行って、
周りの大人に何があったのかと聞かれ、あったことをそのまま話しましたが、誰も信じてはくれませんでした。
結局病院に連れて行かれて、神社のお祓いもして、最終的に私は夢遊病という事になりました。
でも、私はあの時見た光景を忘れてはいません。気が狂っていたわけでもないし、ましてや夢でもありません。
今でもはっきりと、あの音を覚えています。
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