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長編

井戸の中

匿名 2日前
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いた俺はビクリと肩を揺らすと縮こまった。  外では複数の女性と関係を持ち、家では酒を呑んで酔っ払ってはこうして母を怒鳴りつける父親。そんないつもの光景に、部屋の隅で蹲《うずくま》っている俺はただ黙って時間が過ぎるのを待つしかなかった。 「しけた面しやがって。……あーっ、気分悪ぃ」  そう言って大きく舌打ちをした父は、床に転がった酒ビンを蹴飛ばすとその部屋を後にした。きっと、女の人のところにでも行くのだろう。  パシンッと玄関扉が閉じる音を確認した俺は、パッと顔を上げると急いで母の元へと駆け寄った。 「っ……お母さん、大丈夫?」 「……うん、大丈夫。ごめんね、公平」  俺の頭を優しく撫でてくれた母は、そう言って悲しそうに小さく微笑むと、畳に膝を着いてそこに散らばった食事を拾い始める。その手元を見てみると、先程叩かれた右手は真っ赤に腫れ上がっていた。 (あんな奴……っ、早く死んじゃえばいいんだ)  拳を握りしめて下唇を噛んだ俺は、足元にいる母を見下ろして一筋の涙を零した。それを気付かれない様にこっそりと拭うと、俺は母親のすぐ横に腰を下ろして片付けを手伝い始める。  そんな俺の姿を確認した母は、「ありがとう」と告げると今にも泣き出しそうな顔をして優しく微笑んだ。 ◆◆◆ 「近寄んなよっ、性病!」 「うわ……っ! くっせぇ~!」 「ほんとだ! くせぇー!」 「性病の匂いだ! くっせぇ~!」 「「「せ・い・びょ~! せ・い・びょ~! せ・い・びょ~!」」」  学校からの帰り道。いつまでも続く田んぼ道の真ん中で、同級生達に囲まれた俺は、そんな悪口を浴びせられながらトボトボと歩いてゆく。  ゲラゲラと笑いながら、代わる代わるに俺を小突く智《さとし》と司《つかさ》と隆史《たかし》。  人口の少ないこの片田舎では、大抵の者が皆顔見知りで、その狭いコミュニティの中で複数の女性と関係を持っていた俺の父親。それは勿論周知の事実として、大人達は呑んだくれの父の事を悪く噂した。  それを間近で見ていた子供達は大人達を真似、その悪口の対象は父親ではなく、その息子にあたる俺へと向けられた。  悔しさに涙を滲ませた俺は、下唇を噛みしめてグッと堪えると、目の前の智を着き飛ばして一気にその場を駆け出した。 「……あー! 性病が逃げたーっ!」 「っ、……いってぇ。……ふざけんな、公平っ!!」

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