
仕事で故郷の海岸線を測ることになった。叔母の葬儀から三日後、冬の昼に、私は測量機材を抱えて防波堤へ向かった。
子どものころ、いとこたちとよく遊んだ小屋があった。防波堤の曲がり角、コンクリートの階段を降りた先。窓のない小さな建物で、扉には潮位表が貼られていた。中には入れなかったが、脇にぶら下がった鈴を鳴らすと、奥から同じ音が返ってくる。それが面白くて、私たちは何度も鳴らした。
「誰かいるのかな」
いとこがそう言ったとき、私は「管理人だろ」と答えた。けれど、返事はいつも鈴の音だけだった。
現地には小屋がなかった。階段も、扉の跡もない。防波堤の表面は新しく補修され、昔の場所は海に向かって少し広がっていた。
漁協の人に聞くと、あのあたりに建物があった記録はないと言う。叔母も生前、「あそこに小屋なんてなかったよ」と笑っていたらしい。
帰り際、私は測量機材の記録を確認した。最後の地点だけ、測定時刻が一分ずれている。機械の故障かと思ったが、音声メモには鈴の音が入っていた。
一度、短く鳴る。
少し間を置いて、もう一度。
子どものころと同じ、奥からの返事だった。
その直後、録音の中で、私の声が言っていた。
「今の、誰が鳴らした?」
私はその場で、鈴を鳴らしていない。防波堤には私しかいなかった。
機材を片づけていると、叔母の家の鍵がポケットから出てきた。葬儀のあと、返したはずの鍵だ。
鍵には、小さな鈴がひとつ結びつけられていた。
録音の最後に、もう一度だけ鈴が鳴る。
今度は、返事がなかった。代わりに、子どもの声で私の名前が呼ばれた。
それは、いとこたちが私を呼ぶときの声だった。二人とも、もう何年も前に亡くなっているのに。夜、家で録音を聞き直すと、最後の声のあとに、扉を開ける音が入っていた。
小屋の扉を、私は一度も開けたことがない。
それなのに、録音はそこで終わっていた。
後日談:
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