
深夜の工場の端っこにある、水をきれいにする施設で夜勤をしてた知り合いのお姉さんから聞いた話です。
その人はいまはもう別の仕事してて、そこで一緒だった人ともほとんど連絡してないって言ってました。でも、「あの匂いだけは、いきなり戻ってくる」って。
海が近いから、空気がいつも湿ってて、塩っぽいです。そこに機械の油っぽさが混ざって、甘いみたいな、変な匂いがします。金属の味が口の中に残る感じで、舌がざらざらして、喉が乾くみたいになるって。換気扇の音も、遠くの船の音みたいにずっと鳴ってて、止まらないです。
夜番は基本、一人です。制御盤のランプ見て、圧力とか流量の数字を書いて、変だったら見に行きます。忙しい日もあるけど、その日はずっと静かで、警報も鳴ってなかったって。
廊下は窓がなくて、蛍光灯が同じ間隔で並んでて、白いです。床は金属で、昼に拭いた跡がうっすら残ってて、歩くと足音が固く響くって言ってました。静かすぎて、自分の足音が誰かの足音みたいに聞こえるやつです。
午前二時すぎると、自動で運転のモードが切り替わるらしいです。ポンプの回転がちょっと落ちて、配管が冷えて、結露が出る。空気が重くなる。だからその時間が嫌いって言ってました。
それで、いつも通り休憩室で消臭スプレーを一回だけ噴いたそうです。柑橘みたいな匂いじゃないやつで、無香料に近い、工場の匂いを消すためのやつ。
そしたら、その直後に匂いが消えたって。
スプレーの匂いじゃなくて、塩とか油とか、施設に染みついた匂いが、丸ごと無くなった。鼻が慣れたとかじゃなくて、「空気が別の空気に入れ替わった」みたいに、急に。息を吸っても、何もないって。
変なのは、無臭っていうより、「匂いがあるはずの場所だけ、空っぽ」みたいだったって言ってました。空気の上の一枚が剥がされたみたいって。
怖くなって、廊下に出て、監視カメラのモニターを見たそうです。外周フェンスも誰もいない。出入口のログも、ずっと真っ白で、開け閉めの記録がない。誰も来てない。
でも、施設の奥のほうで、普段あまり行かない薬剤庫の手前のカメラだけ、映像が白っぽく見えたって。ピントが合ってないんじゃなくて、光が余計に回ってる感じで、なんか薄い膜がかかったみたいだった。
そのあと、音がしました。
金属の音とか機械の音じゃなくて、濡れたものを床に押しつけて引きずったときの、短い抵抗の音。キュッ、みたいな。二回。少し間が空いて、また三回。しかも近づいてくる。
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