かつてキムタクやマツコ・デラックスさんが在籍していた高校だけど、高校が出来る前は広大な原っぱと浅い沼地になっていて、無数のザリガニが取れるので、温かい時期には子供達がザリガニなどの水生生物を捕まえるためによく遊びに行く場所だった。 この沼地はちょっとした背の高い植物が大量に生えていて、まるで部屋を仕切るかのように幾つもの小部屋が出来ており、秘密基地めいているのも人気だった。 全体は一つの沼なんだけど、深さも精々子供の膝から太もも位までなので安心して遊べる場所だったのに、何度か不可思議な水難事故が発生し、変な噂も流れ始めていた。 それは突然深みに飲み込まれて頭まで水没すると二度と戻ってこられないという噂だ。 しかし私の知る限り、当時その沼では行方不明は勿論、死亡事故なども発生してはいなかった。 ただ、その事故や噂をきっかけに子供達の親も、沼には近寄らないよう規制を掛け始めていたのは事実だった。 そんな夏のある日に、私を含めた仲良しの友達４人でこっそりザリガニ取りに行くことになり、道具を持ち寄って自転車で沼に集まった。 既に別の学校に通う見知らぬ子供達も大勢沼に入っていて、水生生物を追いかけている。 その日は噂や親の規制なんてまるで意にも介さない子供達で溢れかえってた。 我々もすぐさま沼に入り、びっくりするほどうじゃうじゃいるザリガニを追いかけながら、沼をあちこち移動してたのだけど、鬱蒼と茂る草と木の影で薄暗くなった部分に差し掛かったところで、恐ろしい光景を目の当たりにした。 そこには既に３人の子供が先着していて屈み込みながら水面に手を突っ込んでいたのだけど、私が到着した時に、一番奥に居た子供の周りの水面下に、何か青白い無数の手のような物が集まり始めたかと思うと、その子が突然「あっ！」と驚きの声を上げた。 その子の友達の２人と、今到着した我々４人はその声に驚いて全員が目を向けたのだけど、一瞬後にガボッと大きな音を立てて、まるで落とし穴に落ちるように、その子が水面下に引きずり込まれていったのだ。 頭まで完全に水没し、慌ててみんなで近寄ってその子を引き上げた。 水没してから引き上げるまでの時間はほんの数秒だったと思う。 多分５秒も経過していなかったのではないか。 引き上げた時も何の抵抗もなくスッと引き上げられたし、その子が落ちた深みにハマらないよう、足で慎重に水面下に探りを入れたのだけど、そこには子供が頭まで吸い込まれるような深みなどはまったく存在しなかった。 ただ一瞬で引き込まれ、助け上げられたその男の子は、その後明らかに様子がおかしかった。 呼吸はちゃんとあり、死んではいない。そして目も開けてるのだが、その目は虚空を眺めてた。 友達の呼び掛けにも応じず、自力で立ったり歩いたりする事も出来ないので、騒ぎを聞きつけた周囲の子供達に引きずられながら沼を出て行った。 私は先程見た光景に心底恐怖を感じ、友達に慌てて沼から出るようにだけ伝えて、一目散に沼から這い上がった。 後から追いついてきた友達に理由を聞かれ、震えながら説明したのだけど、あの青白い手のようなものを見たのは私だけだった。 そして助けられた男の子は、我々とは違う学校に通う子だったのだが、その後回復することはなく、そのまま植物状態になってしまったという噂が流れてきた。 引き込まれると二度と戻ってこられないという噂は、多分精神状態の事を言ってたのだと思う。