
長編
人面猫
しる 2020年2月8日
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小学生時代の話。
当時住んでた家を二世帯住宅に建て替えることになって、その間は近所の祖父の家に居候することになった。
祖父の家は車20台は余裕で入りそうなくらい広い庭があって、庭の隅には橋がかかった池があった。
池の中には何もいなかったけど、トンボが卵を産みに来たりカエルが側で鳴いていたりした。
とにかく家自体もバカでかくて、玄関は旅館みたいだし、ししおどしがある中庭があったり、すげー広い和室があったりで、例えるならサマーウォーズに出てくる陣内家みたいな感じだった。
二世帯住宅が完成したら取り壊すことが決まっていたけど、子供心に勿体無いなと思っていた。
その祖父の家で暮らし始めて一週間くらい経った日。
確か夏休みに突入したくらいだったと思う。
両親も祖父母も出かけていて、珍しく俺と2つ上の姉だけで留守番をしていた。
いちばん涼しいのが一階の、ちょうど池が見える和室だったので、そこで一緒に宿題をやっていた。
「ねえ、あれ」
しばらく黙って宿題をやっていた姉が、いきなり俺の肩を叩いて小声で言った。
え?と思い姉の指差す池の方を見ると、池の橋(1メートルくらいの短くて小さい橋)に、変な生き物がいた。
身体はどう見てもキジトラの猫、だが顔がおかしかった。
明らかに人間の顔、それもしわくちゃのおばあさんの顔で、それがニマーっと笑ってこちらを見ていた。
猫耳みたいなのもついてた。
姉は結構肝が座っていたので、俺が止めるのもお構い無しにその人面猫に向かって消しゴムを投げた。
が、それは当たらず池にポチャンと落ちた。
人面猫はしばらく池の波紋を見ていたが、祖父が帰宅する音が聞こえると奥の植え込みに逃げてしまった。
帰ってきた祖父に姉が人面猫のことを話した。
すると祖父はガッハッハと笑いながら
「それは皮膚病で顔の毛だけ抜け落ちた野良猫だよ」
と言った。
祖父も、顔だけ見事に毛が抜けた狸や猫を見たことがあるらしい。
姉は納得したようで
「な〜んだ、怖がって損した〜」
などと言っていたが、俺はあれは猫ではないと思った。
まず、目が猫の目ではなかったし、口もちゃんと唇があった。
何より輪郭が人間だった。
けど、そんな事を言った所で見間違いだと言われるのがオチなので、俺は黙っていることにした。
それからしばらくは何もなく、俺も人面猫の存在を忘れていた。
が、夏休みも終わりに近づいたある日の夕方、"それ"はまた現れた。
その日は姉が友達の家に泊まりに行っていた。
俺は二階の子供部屋代わりの部屋で一人ゴロゴロしながら漫画を読んでいた。
ふと、外から誰かに呼ばれた気がして、ベランダに出ようとしたその時
そのベランダの手すりに、あの人面猫がいた。
「うわっ!」
思わず声を上げて部屋に戻る。
急いで戸を閉めてガラス越しに人面猫を観察してみたが、本当にキモかった。
首から下は普通の猫だと思っていたが、よく見ると前足は人間の手、後ろ足は人間の足になっている。
そして不思議なことに首輪をつけていた。
よくある、赤い紐に小さい鈴がついたやつ。
その首輪を境に毛がなくなり、人間の顔になっている。
その人面猫が、俺に向かって
『あめめめめめめめめめめめめめめ』
と甲高い声で叫び始めた。
そこで俺の記憶は途切れた。
気がつくと俺は居間で寝かされていた。
母が近くで団扇を仰いでくれていた。
俺は母が二階に洗濯物を仕舞いに来るまで、ずっと倒れていたらしい。
今でいう熱中症みたいな症状があったが、ポカリを飲んで夕飯を食べたらすぐ元気になった。
その日の夜、いつもは一緒に寝ている姉がいないのが不安だったが、俺は一人で眠りについた。
が、眠りについてしばらくしてから、急に身体が重くなった。
まさか…と思い目を開けようとしたが、思いとどまった。
目を開けたらやばい。見たらやばい。
本能的にそう思った。
『あめ…あめ…あめめ…』
小さい声でそう言っているのが聞こえる。
俺は心の中で必死になって母を呼んだ。
母さん、助けて、母さん、怖いよ
その時間は果てしなく長く感じたが、やがて身体の重みがスッとなくなった。
ゆっくり目を開けると…もういない。
「よかった…」
ほっとして起き上がった時。
『あめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめ』
天井から甲高い声。
見上げると、人面猫が天井に張り付いて俺を睨んでいた。
「うわああああああ」
俺は叫んでまた意識を失った。
「あんた、昨夜うなされてたでしょ。お姉ちゃんがいないから怖い夢でも見たの?」
母に半笑いで言われた。
俺は自分が見たものをなんとかして説明しなきゃと思ったが、なぜか言葉にできなくて結局母に言えなかった。
その後、新居が完成すると俺達はすぐに引っ越し、引っ越しが終わると祖父の家はすぐに取り壊された。
あれが何だったのか今となってはわからないし確かめようもない。
その後色々あって今は家族全員で全く違う土地に住んでいる訳だが、この間地元で同窓会が開かれたのでついでに祖父の家のあった場所へ行ってみた。
そこには立派なマンションが建ち、あの古くて大きな家が建っていたとは思えないくらい景色が変わっていた。
ガサガサと音がしたので振り返ると、一匹の太ったキジトラ猫がサササッと道を横切っていった。
顔はちゃんと猫の顔だ。
『あめめ…』
聞き覚えのある声が聞こえた気がしたが、振り返らずに帰った。
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