
長編
一番ダメなこと
テツ 2015年7月31日
chat_bubble 27
67,100 views
この話は三重県にある青蓮寺ダムという有名な自殺スポットにまつわる話です。
みなさん子供の頃、お母さんお父さんに叱られた記憶があると思います。
その叱られた言葉の言い回しは独特なものがある筈です。例えば、関西で定番なのは、『あんたなんか橋の下でひろてきたんや!うちの子ちゃうわもう!』などなどテレビでも出てくるような少し面白い変な言い回しがあると思います。
私の家庭の場合は『あんたなんかダムでひろてきたんや!次悪いことしたら返しに行くからな!』でした。当時は怖くて仕方がない言い回しでしたが、今となっては愛を感じます笑
ですが一度だけ、本当に連れて行かれ、置いて行かれたことがありました。
とある夏のある日、小学校低学年だった私は一つの約束を破ってしまいました。
それは夕方6時までに家に帰ることというごく普通の門限でした。
その当時カブトムシやクワガタムシ、カナブンなど、よく取れる木が家の前の森の中にありました。
森の中なので蛇や、マムシ、あとヒル、マダニに噛まれて怪我をしてしまうということでロープの張られた森の中にありました。
夜になると田舎なので真っ暗、街頭も無い。ケータイもまだピッチがではじめた頃なので全くの明かりがないところを帰ってこなくてはならなくなるので危ないという判断で門限があったそうです。
今思えば比較的危険なところでよくあんな時間まで友人と取りに行けたなと思います。
その日、親がいないことをいいことに8時ごろまで取っていると遠くの方から父の声で『たっくんー!かいー!』と呼ぶ声が聞こえました。(たっくんとは私の生まれた頃からほぼほぼ一緒に過ごした旧友です。)
父の声も半ギレで渋々森から出て帰ることになりました。
向こうのお父さんは寛大で、場所が割れていれば何時だろうが構わないというような方で私の旧友を連れてニコニコしながら帰って行きました。
ですが私の父は怒り心頭。こっぴどく怒られたのを覚えています。
怒られて終わりかと思いきや『あんたなんかダムからひろてきたんや!』『三回やったな、もうええ返しに行く!』と言われダムまで連れて行かれました。
私も反抗期だったのか、連れて行かれる車の中で叱られながらもシュンとすることもなく意地を張っていました。すると父は『もう知らん勝手にせぇ』とわたしを車から引きずり出そうとしました
さすがに私も置いていかれるのは嫌だったので『ごめんなさい!もうしません!ウワァァァン』と泣きながら拒みました。
拒んでいる途中で私は急に黙り込み車の奥へと一目散に逃げ込みました。
何故そんな唐突な行動に出たか、それは私をドアから抱え出そうと躍起になっている父の肩越しから、白く輝いた人の姿が見えたからです。
幽霊だと確信した私は、絶対に外に出たくありませんでしたが大人の力にはかないません。
結局置いていかれることになりました。
置いていかれた後私は恐怖のあまり叫び続け、ずっと助けを求めていました。『あの白いのが来る。いやだ!助けて!パパ!』と。
叫んでいると、自分が座っている場所の真上で大きな音がしました。大きなもので何かにぶつかったような音です。猶更怖くなった私は黙り込み、上を見ないように膝を抱え、ただただ震えることしかできませんでした。
一刻すぎても帰ってこない父に諦め絶望していると、下道に降りる方の道路から全身真っ白のタキシード姿でハットを被ったおじさんが歩いてきました。
私の前に立つと身を屈めながら『どうした少年、お父さんとお母さんは?』と言いました。
首を横に降ると
『悪いことしたな?笑
次はちゃんと帰るんやぞ。待っとれ、お父さん呼んで来たるから』と頭をガシガシと撫でなから言いました。
そして、彼は消えていました。
幽霊だとわかりましたが、なにか怖がる必要は無いんだ、と思ってそこから先はじっと、父が来るのを待っていました。
ものの2分もしないうちに、いつもの父の運転のしかたでは無い車が、自分がいた広場に急停車しました。
車から飛び出てきた父は、広場に目を向けると聞いたことも無い怒号で『かい!かい!おるか!どこや!』と叫んでいました。
普通に歩み寄った私を父は抱きかかえ車に乗せました。
すると突然『なんかされんかったか⁉︎ 大丈夫か? どこも怪我してへんか⁉︎』
と立て続けに聞かれました。
特に何も無いと判断していた私は『何も無い』と答えその時はそこで収まりました。
そこから何年も経った頃、その時のことを思い出しなんであんなにしつこく聞いたのか父に問いただすと
『お前を置いてきて家に戻ったら電話がかかってきて内要が『コ、、、、、、、どもォ、、、ザッザザーーーーーあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぶ、、、、な、、、、、、、、、ィ…………………………………………………………………………………
子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供子供‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎……………………』ってさどんだけ焦ったか笑 まぁ怖いよあれは笑』と父が言っていました。
恐らくですがあのおじいさんが助けてくれたんでしょう笑
まぁ子供は大事にしましょうってことでしょうね。
2017/6/14更新
余談ですし蛇足なのですが、書き忘れていました。
私が置いてこられた青蓮寺ダムの駐車場の真上
その日私が居た時間に車と首に何かを巻き付けアクセルを踏み込んで自らの首を飛ばし亡くなった方がいたそうです。
後日談:
- 大学に入るまで、この話は話さずに生きてきました。何となく話してはいけないような気がしたのです。 ですが大学に入ってからこの話を人に話すようになり、想像以上に受けが良く、自身の中でもけじめがつき、友人にも投稿をすすめられたことで、当時の私は投稿することに決めました。 ですが一つ内容に入れ忘れている事がありました。ダムでの事件の事です。 昨年私は20歳を迎え、ふとこの掲示板に一年前(二年前かな)自分が投稿したことをおもいだして自身の投稿時の名前のダムハットという名前でネットを探してみることにしました。すると割とすぐに見つかり読んでくださった人たちもたくさんいることに驚きました。ありがとうございます。 その流れで、私はあの日のダムの上で起こった出来事が一体何だったのか調べてみることにしました。 私は、その記事を見るまで完全にその事件を忘れていました。思い出すべきでもなかったと今は思っています。 私が父に迎えに来てもらった次の日、ちゃんとニュースになっていたことでした。震え上がったことも思い出しました。 調べなければよかった事実でした。 2017/6/14現在
この怖い話はどうでしたか?
chat_bubble コメント(27件)
コメントはまだありません。