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古いビルの「4」階
長編

古いビルの「4」階

匿名 2015年9月5日
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体験者の言葉通りに書きます。 その旅行代理店は、私が通勤する道筋に有り、5階建ての古いビルの4階にありました。 27歳の事務職のOLである私は、その夏の長期休暇を海外で過ごすため、その旅行代理店で手続きを取りました。 手続きを終えた数日後、『書類の不備があったので、もう一度ご足労願えないか』という電話が有り、もう一度そこへ足を運ぶことになったのです。 電話のあった翌日、私は仕事帰りに旅行代理店に行くつもりだったのですが、急な仕事を頼まれてしまい、結局、会社を出たのは夜の10時を過ぎたころになってしまいました。 代理店の営業時間はとっくに過ぎていたので、寄るのはまた明日にするつもりでした。 けれども、途中、代理店の入っているビルの前を通りかかると、ビルの4階に明かりがついているのが見えたのです。 『もしかしたら誰かが残業しているのかも知れない』と思った私は、試しに代理店に顔を出してみることにしました。 普段私は、健康のために階段を使うように心掛けています。 当然、この旅行代理店にきたときも、いつもは階段でした。 しかし、その日は残業で疲れていたので、エレベーターで4階へ上がることにしました。 初めて乗ったエレベーターは、表示ボタンは手垢で汚れ、天井の明かりも薄暗く、一瞬、乗り込むのがいやになりました。 それでも疲れには勝てず、私はしぶしぶ乗り込むと、4と表示されたボタンを押しました。 ようやく4階に着き、ドアが開くと、目の前の壁に大きな赤い字で、『4』と書かれているのが目に付きました。 『あら、前に来たとき、こんな表示があったかしら』と、ちょっと不思議に思いましたが、深く考えずに、私はエレベーターを降りました。 廊下の電気は消えていて、廊下には物音ひとつ、話し声ひとつ聞こえません。 事務所の電気がついているだけで、誰もいないのかも……と、私は不安になってきました。 代理店のガラスのドア越しに覗いてみると、受付カウンターの向こうに人が座っているのが見えました。 私はホッとして、ドアを押して中に入りました。 ドアから一歩なかに入ると、なかの空気は鳥肌が立つほど冷えきっていました。 「あの、すみません……」 と声を掛けると、カウンターの向こうの男の人が、顔をあげてこちらを向きました。 ひどく痩せて、青黒いような不健康な顔色をしていました。 彼は黙りこくって、どんよりとした目付きで私をじっと見ています。 私はなんだか気味が悪くなったのですが、 せっかく来たのだからと気を取り直して、用件を説明しました。 男の人はうなずくと、カウンターの上に1枚の書類を置いて、サインするようにと、 ぼそぼそと告げました。 見ればその書類は、黒い紙に赤い文字で何やら書き付けてあるのですが、それは奇妙な文字で、意味どころか、何語なのかさえ、さっぱり分かりません。 「さあ、このペンで」と差し出されたペンにも、気味の悪い彫刻が施されていました。 そのペンは薄黄色い、何か動物の骨のようなものでできているらしいのです。 私は得体の知れない不吉なものを感じて、 手にとることをためらいました。 「さあ、早く」 と急かされて、私は当惑しながら相手の顔に視線を移しました。 すると、彼のワイシャツの襟のあたりに、黒い染みがついているのに気付きました。 目を凝らすと、彼の首には横一文字に黒い痣のような跡がつき、そのまわりには赤黒い血の固まったようなものがこびりついて、シャツの襟を汚しているのです。 ハッとして目をあげると、彼は私の顔を見て、その血の気の引いた紫色の唇をゆがめて、うっすらと笑いました。 私はゾッとして、あたふたと言い訳のような言葉を口にして、部屋を飛び出しました。 その翌日、私は昼間のうちに会社を抜け出して、恐る恐る、もう一度代理店の入っているビルへと向かいました。 階段を使って4階へ上がり、代理店の事務所に入ると、顔馴染みの担当者が私を笑顔で迎えてくれました。 私が昨日の夜の出来事を話すと、彼は怪訝そうな顔をして、「昨日は誰も残業はしていなかったはずです。もしや階数でも間違えて違う事務所に行ってしまったのでは?」 というのです。 私が「間違いなく4階でした。フロアの壁にも4って表示があったんです。」 というと、相手は「おかしいですね。このビルには4という階はないんですよ。このビルのオーナーが迷信深い人で、4は死につながるから不吉だ、というので、実際には4階でも、3階の次はいきなり5の表示になっているんです。」というのです。 一瞬、私は相手のいう言葉の意味がよく分かりませんでした。 すると相手は私を連れてエレベーターホールへ行きました。 その壁を見て、私は思わずアッと声をあげました。 そこの壁には小さく5という表示がされていたのです。 そして彼は、ちょうどその階にいたエレベーターに乗ると、開いたら扉の内側で、表示パネルを指し示しました。 なかは昨日乗ったものとはまるで違い、白い明るい壁に囲まれた空間で、いま説明された通りにパネルの表示は3の次には5になっています。 いつも階段を使っていた私は、それまでまったくそんなことには気がつかなかったのです。 では昨日の夜に私の乗った、あのエレベーターは、何だったのでしょう? そして、あの気味の悪い事務員は、いったい誰だったのでしょう……? すっかり怖じ気づいてしまった私は、その旅行をキャンセルしました。

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