
中編
カカシ
匿名 2013年1月9日
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年末から年明けにかけて、俺は実家のある群馬に戻って郵便局でバイトをしていた。
高校2年の時から長期休みの時は必ずこの郵便局でバイトをしていたし、田舎な事もあって、その郵便局の配達ルートを全て覚えていた。
そんな事もあって、局員には「即戦力が来てくれた」と喜ばれたが、今回初めて郵便局でバイトするという工房 S の引率を任されてしまった。
早い話が、2、3日一緒に配達して、配達ルートを覚えさせろという事だ。
この S、かなりの御調子者で、俺とは直ぐに冗談を言い合える仲になった。
こいつが配る所は 50ヶ所程度。
配る家は少ないが、次の配達場所まで滅茶苦茶遠い、俗に「飛び地」と呼ばれている地域だ。
バイトを始めて8日目だった。
俺と S の配達地域は隣同士だった事もあり、局に帰る時にバス停横の自販機で待ち合わせをしていた。
その日、S は目を真っ赤にして涙を流しながら、猛スピードで自転車を漕いで現れた。
時間は 17 時になろうとしていて、バイトは局に帰らないといけない時間を大幅に過ぎている。
転けたらしく、顔も服も自転車も泥まみれだった。
「どうしたんだ?」と聞くと、
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ」
を繰り返すだけで要領を得ない。
俺は配達物を破損・紛失したのかと思って、
「とりあえず局に戻るぞ」
と言って、S を引っ張って局まで戻った。
S の姿を見た集配課の課長が、何事かと駆け寄って来た。
課長が「どうした? 手紙をなくしちゃったのか?」と聞くと、S は「全部配りました」と言った。
どうにもこうにも要領が得ず、俺が「何があったんだ?」と聞くと、
「信じてくれないから」
と S は言った。
その後、数名の局員が帰って来て同じ様な事を S に聞いたが、
「信じてもらえないから」
の一点張り。
一人の局員が、
「もしかして真っ黒のカカシを見たのか?」
と聞くと、S は何度も頷いた。
もう一人の局員が、
「ああ、森で? それとも川?」
と聞くと、S は「両方」と答えた。
S の配達ルートに、A という家がある。
配達物を見る限り、中年の夫婦が2人で住んでいるようだ。
そこに行くには、300m ほどの暗い森を抜け、小さな小川を渡り、畑の中道を通らなければならない。
ぶっちゃけ、こんな所に家建てるなと言いたくなるような所だ。
その A 宅は 20 年くらい前に火事になったらしい。
その火事で夫婦の子供と年寄りの3名が亡くなったそうだ。
年寄りの爺さんは子供を病院に運ぼうとして森の道で力つきて、
婆さんは黒こげで小川に浮かんでいて、
子供は救急車で病院に運ばれたが、移送先の病院で死亡したそうだ。
今、A 宅があるのは畑の中道を通った所になっているが、前は今の畑があった所らしい。
局員の話では、爺さんは子供を捜して、婆さんは今も熱さから逃げようとしているんじゃないか、という事だ。
「最初はカカシだと思った。
だけど真っ黒な頭の目が開いた。真っ白だった」
と S は言った。
俺もふと思い返してみた。
確かあの畑にはカカシは無かった。
だけど、今年になって一回だけ川に浮かぶカカシを見た気がする。
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