
車1台が買えるほどの費用を支払い、仮想世界で「20歳の女性として生きる1週間」を体験した29歳の正昭。その奇妙な経験は、やがて薄れゆく思い出のひとつとなり、彼は平凡だが平和な日常に戻ったはずだった。
・・・
……しかし今、目を覚ました俺は、身体に凄まじい違和感を覚えていた。
胸にのしかかる妙な重み。股間の決定的な喪失感。視線を落とすと、見慣れない病衣の胸元には、柔らかな膨らみがあった。
俺は――あのときと同じように、女の身体になっていた。
「あのときの仮想世界の続きなのか……?」
いや、違う。肌を刺す無機質な空気、白い天井、そして規則的な電子音を響かせる様々な医療機器。ここは紛れもなく、本物の病院のベッドの上だった。
やがて、混濁した脳裏に戦慄とともに蘇ってきたのは、信じがたいほど冷酷な「現実」の記憶だった。
・・
あの仮想体験から、約5年。
日々の仕事に追われるうち、あの1週間の記憶は、質の悪い白昼夢だったかのように薄れていっていた。34歳になった俺は、新しい車の購入手続きを進めていた。
ディーラーの営業マンから提示された、最終的な見積書とローン返済計画書。
頭金の額、毎月の返済額、そして利息を含めた総支払額――それらを眺めていた俺は、ある数字に目を奪われ、凍りついた。
その数字は、かつてあの施設に支払った「オーダーメイドの仮想体験費用」の総額、そして今まさに完済しようとしていたローンの金額と、十の位までほぼ同額だったのだ。
「偶然……だよな」
俺は乾いた笑いを漏らしながらペンを握り、契約書にサインした。
念願の新車が納車されてからは、ドライブが趣味になった。あちこちの景色を求め、ハンドルを握る時間が何よりの癒やしだった。
だが、そんな穏やかな日常は、あまりにも突然の破滅によって引き裂かれた。
雨の降る夜の高速道路。
バックミラーを視線がかすめた瞬間、減速しきれずに迫り来る大型トレーラーの巨大な光が目に飛び込んできた。
次の瞬間、世界を噛み砕くような凄まじい衝撃。そして、納車されたばかりの新車は激しく炎上した。
全身に酷い火傷を負い、顔も体も原型を留めていない。救急搬送され、意識が引きちぎられそうな激痛に悶えるなか、俺の耳は確かに医師たちの切迫した声を拾っていた。
「この体はもう駄目だ。もはや……機能停止は免れない。例の『あの処置』を試してみるしか……」
「しかし、あれはまだ……!」
「このままでは手遅れになるんだぞ! 他に手段はない!」
後日談:
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