
C-3ブロック、夜間検疫担当の業務端末には、削除されていないローカルファイルが残されていた。
これは正規の業務日誌ではない。定年退職した前任の「モグラ」こと古参検査員が、後任の私に残したメモである。
この港では、AIの画像診断で「分類不能」と弾かれたコンテナのみを、人間が直接開けて確認する手順になっている。通称「目視特例」。危険手当は破格だが、条件がある。防護服なしで中に入り、五感で安全性を判断すること。機械が迷う微妙なニュアンスを、人間の直感で白黒つけるためだ。
システム上、人間が「問題なし」とタグを打てば、どんなエラーが出ていてもコンテナは国内へ流通する。その責任を負うのが私たちの仕事だ。
最初のファイルには、南米発の冷凍コンテナについての記述があった。
積荷は食肉加工品。温度管理システムは正常。しかし、ハッチを開けた瞬間、熱帯の湿った風が吹き抜けたとある。
庫内温度はマイナス二十度のはずが、肌にまとわりつく空気は生暖かく、鉄壁には脂のような透明な粘液が付着していた。
手順通り、特殊清掃班(クリーナー)が呼ばれた。高圧洗浄と燻蒸が行われたが、成分分析では「該当物質なし」と出た。
その後、業者が二度入り、粘液は見えなくなった。
記録には「視覚的には除去完了」とだけ記され、出荷許可が出された。
二つ目のファイルは、中東からの石材コンテナだ。
ここでは「重力」がおかしかったらしい。
積み上げられた石材の隙間を歩くと、平衡感覚が狂う。床が斜めに傾いているように感じられ、常に何かに足首を掴まれているような抵抗感がある。
奥へ進むほど、背後のハッチが遠ざかる錯覚に襲われたと書かれている。
これも清掃班が入り、配置換えを行った。
作業後、平衡感覚の異常は消失したとされる。
だが、備考欄に奇妙な記述がある。
「検査後、平らな地面を歩いていても、常に下り坂を降りているような加速感が消えない」
三つ目が最後の記録だった。出所不明の「空(から)のコンテナ」。
中身は空っぽだ。それなのに、重量センサーが過積載の警告を出していた。
ここで前任者は、初めて「接触」した。
ハッチを開けると、暗闇の中に誰かが座っている。
ライトを当てても光が吸い込まれて姿は見えないが、息遣いだけが反響している。
踏み込むと、何かが足元をサササと横切る感触がある。
壁を叩くと、コンテナの外側から叩き返される音がする。
記録は事務的な羅列に変わる。
清掃班の投入、一回目。
二回目。
三回目。
四回目。
後日談:
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