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お札の貼られた廊下
長編

お札の貼られた廊下

匿名 2017年3月27日
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大学生の頃、サークルの先輩である宮本の実家に友人Aと遊びに行った時の話だ。 宮本の実家は関西地方にあり、それなりに大きな家で、私はそれまでテレビの中でしか見たことのなかった純日本家屋な造りにかなりテンションが上がっていた。 「今日はとりあえず宮本さんの家に一泊して、明日は京都に行こう」 Aとそんな話をしていると、立派な門構えの脇にある小さな戸が開き中から宮本が顔を覗かせた。 「おぉー、マジで来たんだ」 「今日はお邪魔になります」 「いいよ、いいよー。もう家族には話してあるから上がっちゃって」 そう言われ、私達は宮本に続いて戸をくぐって行った。 立派な生垣の内側には広い庭が広がっていた。 「宮本さんって結構お金持ちだったんですね」 「ウチのじいちゃんはね、父さんとか俺は普通の暮らしだよ」 庭を横切る途中、立派な松やら庭園のようなものが拵えてあるのを横目に見た。 そして母屋に通じる玄関口の前に来ると宮本は「ただいまー、友達連れて来たでー」と、訛りのある言葉で引き戸を開けた。 普段、宮本は全くと言っていいほど言葉に訛りを見せない。 標準語、と言っていいのかわからないが、彼の出身地を聞かずに喋っていれば関西地方の人間だとはまず思わないだろう。 上がりがまちでそれぞれ靴を脱ぎながら、私達が綺麗に並べ揃えていると廊下の奥から誰かが歩いて来る音がした。 振り返るとそこには少し痩せて小柄ではあるが、何処と無く顔つきが宮本と似ている女性(年齢は50代くらい)がにこにことした笑みを浮かべて立っていた。 「母さん、こないだ話しとった大学の後輩達」 「ほんま態々遠くからありがとぉね、宮本の母です」 と言って、宮本のお母さんは軽く頭を下げた。 私達も慌てて「お、お邪魔します」と言った。 のんびりとした宮本とは違い、母親ははきはきとしていて、何処か気も強そうだった。 「ほんなら俺ら離れの方おるから、夕飯も自分らで食うわ」 「ええ、夕飯こっちで用意するんちゃうの?もう色々買い込んでまったんやけど」 「あー、どうするお前ら?夕飯ウチで食べる?」 ここで断るのもなんだと思い、私達は是非お願いしますと宮本に言った。 「ほんなら飯の時間まで離れにおるわ」 「はいはい、あ、おばあちゃんのアレなんやけどな」 「大丈夫やって、そっちの方の部屋は使わんから」 「それやったらええんやけど、ほんなら夕ご飯の支度始めとくわ」 私はその時の2人の会話を聞いて、離れにはお祖母さんが住んでいるのだろうか、と思った。 きっと私達が騒いでお祖母さんの気に障らないように、というような事だろう。 家の中に入って廊下を歩いていると、本格的な日本家屋とはこういった作りなのかとしみじみと思った。 母屋は平家だが私達が通された離れは二階建てとなっており、母屋とは一本の廊下で繋がっていて、庭の端をL字に横切るような形になっていた。 先ほど庭を歩いていた時には母屋と重なってちょうど見えていなかったのだが、離れもかなりの大きさである事に驚いた。 単純な大きさで言えば一戸建ての家ほどもある。 「大きいですねぇ」 「元々はじいちゃんとばあちゃんが使うようにって10年くらい前に建て替えたんだ」 離れに入るにも玄関口のような引き戸があり、それを開くと宮本はすぐ目の前に伸びていてる階段を登って行った。 「お祖父さんとお祖母さんは離れにはいないんですか?」 「じいちゃんは一昨年亡くなって、今はばあちゃんがこっちに住んでるよ」 やはりここにはお祖母さんがいるらしい、となるとあまり羽目を外して騒ぐのも迷惑というものだろう。 「それじゃあ少し静かにしておいた方がいいですね」 「いや、そこまで気遣わなくても大丈夫。ばあちゃん殆ど寝たきりだから」 「ご病気ですか?」 「んー、まぁ、そんなもんかな」 何となく歯切れの悪い返事だったが家族の事に深く立ち入るのも失礼だと思い、私は宮本に案内されるまま、そこで話を終えて二階の吹き抜けとなっている和室へと入った。 「とりあえず荷物は適当に置いていいから」 「お祖母さんに挨拶とかしなくていいんですか?」 「うん、大丈夫。あと一階だけど今はばあちゃんしかいなくて、そっちの方にはあんま行かないでくれるか。ごめんな」 特に理由を尋ねなかったが、家主がそう言うのだからそれに従うのは当たり前だろう。 私達が揃って了承すると、宮本は何か飲み物を取ってくるからそれまで寛いでおいて、と言い残して離れを出て行った。 A「あ、やば、トイレの場所聞いてない」 と、私の隣にいたAが言った。 「何で?トイレ行きたいの?」 A「さっきからずっと我慢してたの忘れてた」 「一応ここにもあるんじゃない?」 A「使っていいのかな?宮本さん一階にはお祖母さんがいるから、あんまり行かないでって言ってたけど」 「じゃあ宮本さん来るまで待ってれば」 A「うーん、まぁそうだよね」 そう言って、Aは少し恥ずかしそうに笑うと一緒に荷物を片付けながら宮本が帰って来るのを待った。 そして暫くすると一階の玄関の扉が開く音がして、人数分のコップとお茶の入った容器をお盆に乗せた宮本さんが和室の中に入ってきた。 「ごめん、お待たせー」 「あ、宮本さん何かAがトイレずっと我慢してたらしいんですけど」 「あー、そうなん」 A「すいません」 「一階の使うのはやっぱ拙いですか?」 「いや、別にそこまでは言わないよ、ここにもトイレとお風呂もあるから今夜は使うだろうし、てか俺も場所とか言ってなくてごめんね」 A「あ、なら良かったです」 「トイレと風呂は階段降りて手前の廊下にあるから。でも奥にはあんまり行かないで、そっちがばあちゃんの部屋になってるから」 A「分かりました」 「俺も一緒に行くわ、多分 怖いだろうし」 その時、宮本の言葉に私とAは揃って首を傾げた。 しかし先に宮本が階段を降りていってしまったため、自然とAもそれに連れ立って、和室には私だけが残される形となった。 何が怖いというのだろう? 宮本は私達の中でも時々話題に上がるいわゆる「見える人」だ。 私とAは霊感などは皆無だが、宮本はおそらく本物だろうと思っていた。 宮本が自分からそういった話をする事は滅多にないが、実際に彼が体験した話を聞いていると背筋が冷たくなる事がある。 だから私は、きっとこの離れで宮本は何かを見たか聞いたか、感じた事があるのだろうと思った。 霊感のある宮本が育った家なのだから、そういった類の経験をしていないという方がおかしい。 怪談やオカルト、怖い話を人から聞く事が趣味の私は、何か聞けるかもしれないと思いながら2人の帰りを待った。 そして暫くすると階段を上がってくる音がして、2人が和室へと入ってきた。 しかしどうにも様子がおかしい。 Aが若干表情を強張らせながら、しきりに階段の方を気にしている。 「どうかしたの?」 A「いや、何ていうか…」 そしてAはなんと言っていいのか分からない様子で、隣の宮本に視線を向けた。 「うん、まぁ、あれは誰でもビビるよね」 「何がビビるんですか?教えて下さいよ」 A「◯◯(私)は怖い話とか好きだから、むしろテンション上がるかもしんないわ」 そう言われてしまえばもう確かめずにはいられない。 私は再び宮本を先頭に、先ほどAが降りて行ったトイレへと案内してもらった。 ちなみにAは、あまり行きたくないといった様子で和室に残った。 階段を降りて廊下を進んで行く途中、宮本が少し真剣な表情をして言った。 「多分◯◯なら平気だろうけど、まだばあちゃんいるから、あんまり騒がしくすんなよ?」 「さっきから何なんですか?何があるんですか?」 「トイレと風呂場だよ、でもその先の廊下がばあちゃんの部屋に続いてて、奥まった場所にあるの」 そして、例のトイレと風呂、お祖母さんの部屋に続く廊下に差し掛かかった。 日が差し込んでいるのに薄暗く、じっとりとしている。 宮「この先がトイレと風呂、他にもいくつか和室があるけどそっちは殆ど使ってないから」 そしてトイレと風呂の扉を通り過ぎて、日の差し込まない廊下の奥に行くと、私は思わず口を噤んだ。 そこに無数のお札が貼られてあったからだ。 壁と天井、フローリングの床の上までびっしりと何枚ものお札が貼り付けてある。 「まぁ、こういうのがあるから、初めて見た人はきっと怖いだろうなって」 宮本はのん気に言っていたが、その時の私は思わず彼の服の袖を掴んでしまっていた。 まるでお祖母さんのいる部屋へ続く一角を区切るかのように、ベタベタと至る所に貼られているお札。 あの光景は今でも忘れる事が出来ない。 「これって…お守り的な、やつ…?じゃないですよね」 「どちらかと言えば魔除けかな」 お守りも魔除けも、私からすればどちらも似たような物な気がしたが正確には違うらしい。 宮本曰く、この廊下に貼られているのは魔除けのお札で、良くないものを立ち入らせない為に貼っていると言うのだ。 「普段はあんまり俺も他の家族もこっち来ないんだよね、夜とか結構怖いからさ」 「でしょうね…これ、何でこんな風になってるかとか聞いても大丈夫なやつですか?」 「ホント好きだね◯◯は。別にいいけど」 宮本の話によると、離れの一角(お祖母さんの部屋に続く廊下の奥)にお札を貼るようになったのは、お祖父さんが亡くなられた一昨年かららしい。 その頃、お祖父さんを亡くしたお祖母さんは憔悴しきってしまい、部屋から顔を出すことが少なくなっていたという。 宮本を含む他の家族も心配しつつ、交代で一階にある和室に誰かが寝泊まりしてお祖母さんの様子を気遣っていた。 その夜は宮本が和室で寝る日であり、一応明かりを消す前にお祖母さんの部屋を確認しに行ったと言う。 「俺が見に行った時には特に変わった様子も無かったんだけどな」 と、普段通りお祖母さんは布団で寝ていたらしい。 そして宮本も部屋の明かりを落として布団に横になった。 どれくらい寝ていたのかは定かではないが、宮本は暫くして廊下の奥から聞こえてくる物音で目を覚ましたという。 その音はどうやらお祖母さんの部屋から聞こえてくるようであり、心配になった宮本は急いでお祖母さんの部屋に向かった。 廊下を歩き部屋へ近づくごとに何か言い知れぬ不安が胸の中で渦巻いていた、と宮本は言った。 明確に何かの気配を感じたり、変なものを見たわけではないが、良くない予感のようなものがしたらしい。 そして扉を開け部屋の明かりをつけると、そこには自分の手のひらに鋏を突き刺しているお祖母さんがいた。 宮本が慌ててお祖母さんに駆け寄り鋏を取り上げると、お祖母さんはその場で泣き叫び、声を聞いたご両親も駆けつけ病院へ連れて行く事になった。 「さすがにあれにはビビったっていうか、色んな意味で背筋がゾッとした。ばあちゃんの血が布団に飛び散っててさ、凄い怖かった」 宮本の話を聞きながら私も、やせ細り目の落ち窪んだ老人が1人、暗闇の中で自らの手に鋏をを突き刺している映像がありありと脳裏に浮かんだ。 「何でそんな事したんですか?」 「ばあちゃんが言うには、じいちゃんに腕を引っ張られて気づいたら鋏が突き刺さってたらしいんだよ」 「え、お祖父さん?」 「そう、じいちゃんが自分の手に鋏を刺したんだって、すげぇ言ってた」 その時、私は背筋を冷たいものが落ちて行くのを感じた。 そう言った出来事があり、不気味に思った宮本の両親はお祖母さんに離れを使うのを止めるよう言ったが、結局聞き入れてもらえなかったそうだ。 お祖母さんは頑なに離れを使う事に固執し、しかし夜になると魘されたり、叫びだすということが続いた。 最近ではもうそれらにも慣れ、宮本を含んだ家族はあまりお祖母さんに関わらないようになったという。 「本当に死んだお祖父さんの霊なんですか?」 「さあ、どうだろうね。俺もあんまり関わりたくないから、見ようとも思わなしいし、知りたくもないよ」 宮本はこういった事はこっちから関わりを持とうとしなければ、大抵は影響はないから大丈夫だと言って、再び廊下を戻ろうとした。 私は後ろを歩くのが何と無く嫌で、帰りは宮本に後ろを歩かせた。 結局、その日はAと私、宮本で二階の部屋で寝る事になったが何事もなく次の日の朝を迎えた。 あんな話を聞いた後だからか、何かあるのではないかと夜は少し眠れなかったが予想に反していたって普通だった。 そして私達は宮本のご両親に挨拶をして、宮本に車で京都駅前まで送ってもらい、そこで別れた。 何と無く昨日 宮本から聞いた話をAに聞かせるのは良くないような気がして、その時は未だ話していなかった。 一応 宮本の家族の話であるし、A自身もあの話を聞きたいとは思ってないような気がしたのだ。 そんな風に思いながら、私達は電車に乗って目的地へと向かった。 道中はお酒を飲んだりして移動したせいか、昨日聞いた宮本の話の事などすっかり忘れて旅行を満喫していたが、ある神社にお参りに行った帰り、不意にAが言った。 A「宮本さんちのあの廊下のお札 怖かったよねぇ」 「さすがに怖かった。夜とか何か出てくるんじゃないかと思って、正直少し寝れなかったもん」 A「確かに、でもお札が貼ってあるからそこらへんは大丈夫なんじゃない?」 「何が大丈夫なの?」 A「え、だから、お札が貼ってあるからあの奥からは何も出てこれないんじゃないの?」 「…………」 私はその時、宮本が言っていた魔除けのお札の意味を理解した。 お札はあの部屋ではなく、あの部屋からこちら側に何かが来る事を拒む為に貼られていたのだと。 それ以来、宮本の実家には行っていない。 大学を卒業する頃、宮本と話す機会があったのだが、どうやらお祖母さんも少し前に亡くなったとの事。 今でもあの薄暗い廊下の奥にはお札が貼られているのだろうか。

後日談:

  • またしてもおばあちゃん系の話です。 多少会話や描写は過剰に演出していますが、本筋では私が実際に見て、先輩から聞いた話をそのまま書き起こしました。 何か直接的に霊障があったわけではないのですが、本当に床や壁、天井にまでお札が貼られていたあの光景は忘れることができません。 この先輩からはよく色々な怖い話(本人の体験談が多い)を聞かせてもらっていたので、これから少しづつ投稿していきたいと思います。

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