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長編

トンネル、二体の地蔵

近所の犬 2020年7月5日
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駅前に気になる理容室がある。 所謂「床屋」のイメージとは全く別物の、さながら海外のバーバーのような雰囲気らしく、お店のinstagramにはストリート系のカットスナップが並んでおり、また芸能人の常連も多いようだ。 せっかく近所なのでこれは行ってみようと思い、多少緊張しながらお店に入ると、出迎えた店員は両腕にタトゥーの入ったとてもお洒落な20代後半くらいの男性だった。 「今日はよろしくお願いします。担当のAと申します。」 だいぶ厳つい見た目のため正直最初はびびっていたのだが、一言目の物腰の柔らかさにすぐに私も心を許し、カットが進むと同時に会話も弾んだ。 話によると、Aさんの実家は北陸で小さな床屋を営んでいると言う。 「親父は店を継げって言うんですけどね。東京がとても楽しくて、もう少しこっちにいようと思ってます。この店も大好きですし。」 改めて店内を見渡してみると、写真やトロフィーなど、Aさんが何かのコンテストで優勝したであろう物が数点飾ってあった。どうやらお客さんはAさん目当ての方がほとんどのようである。 唐突だが、この日私が髪を切りに来たのにはある理由があった。 この数時間後、小さなバーで行われる怪談ライブに出演する用事があり、見た目をさっぱりさせてから行こうというのと共に、もし何か怪談を仕入れられたらラッキーだなぁと考えていた。 怪談オタクの第六感が、"この人は必ず何か持っている"と告げる。 話が一段落した時を見計らって、 「Aさん、何か怖い話ありませんか?」 と聞いてみると、 「あー、…ありますよ。若いときの出来事なので今考えるととても恥ずかしい話なのですが。」 そう言ってAさんは話を始めた。 -----------‐------------------------------- 僕が中学三年生の頃、地元の北陸で、恥ずかしいのですがだいぶやんちゃしてまして。 学校もろくに行かずに高校生の先輩について毎日遊び回ってました。 その中で一時期流行ったのが心霊スポット荒らしでした。色んな場所に行ってはスプレーで落書きしたり壁を壊したり、今考えると恐ろしいですよね。 ある日の夜に、僕らは車三台に十人以上で乗り込んで、地元で一番有名な心霊スポットである"○○トンネル"ってところに行ったんです。 噂では、トンネルの真ん中辺りには"地蔵"があり、歩いて通り過ぎるとその地蔵がおっかけてくるらしい。 馬鹿馬鹿しいと思いながら僕たち十数人は車をトンネルの前に停め、大声で騒ぎながらトンネルの中に入っていきました。 滅多に車は通らないとはいえ公道でも使われているトンネルのため、中はライトがあり、目当ての地蔵はすぐに見つかりました。 そっくりな二体の地蔵が、右側の壁に並んでいるんです。 すげー本当にあるんだーとみんなではしゃいでいると、グループのリーダー格の先輩が突然一体の地蔵を思いきり蹴るんです。 加減を知らないその先輩はどうやら本当に強く蹴ったようで、 ぼとっ と、地蔵の首が折れて地面に落ちました。 中にはあまりの不謹慎さに青ざめる者もいましたが、田舎の不良どもにとってはこのくらいの事は日常茶飯事で、それを見てゲラゲラ笑ってたんです。当然、僕も。 その先輩は、何かを思い付いたような表情を浮かべると突然僕の肩を掴んで、 「Aさ、お前んち床屋だろ?」 って言うんです。 「お前んちの店の前にさぁ、この地蔵置いとけばさ、招き猫みたいにお客さん来んじゃねーの?」 今考えたら悪魔のような提案ですが、当時の僕も馬鹿だったんで、 「いいですね!これ車積みましょう!」 と、その地蔵の首と胴体を、家に持って帰ってきちゃったんです。 地蔵と共に家の前で車を降り一人になると、途端に冷静になってきて、 この地蔵、親に見つかったらめちゃくちゃ怒られるんじゃないか…とすぐに想像できました。 ただ疲れてるのもありどこかに捨ててくるのも面倒臭い。 悩んだ末、家の裏にある物置小屋の中にとりあえず突っ込んでおいたんです。明日起きたらどっかに捨ててこようと。 床屋の二階部分にある部屋に帰ってから、テレビを見たり携帯をいじったりなどしていると、いつの間にか地蔵の事など気に留めなくなっていました。 数時間ゆっくりしていると眠たくなって、電気を消して布団に入ったその時、 バーン!!! と大きな音が真下から聞こえてきたんです。 驚いて思わず飛び上がったのですが、 事故か何かだろうと思いながら睡魔には勝てずにそのまま気付いたら寝ていました。 朝、母が勢いよく部屋の扉を開ける音で目が覚めると、 「あんた!下のアレあんたがやったの!?」 ととんでもない剣幕で僕を見るんです。 まだ寝ぼけている僕は母に引きずられて一階に降りると、 床屋の入口の窓ガラスが、バリバリに割られていました。 「これが外から投げられたっぽいんだよね。なにこの地蔵。気味悪い。」 地蔵…? 母が指を指す方向を見ると、店内のガラスの近くに、あの地蔵が落ちている。 僕、その地蔵を見て、すぐ違和感に気づいたんですけど、 それ、首繋がってるんですよ。 僕が持って帰ったあの地蔵、たしかに首折れてたよなと思って、とりあえず物置小屋に行ってみると、 地蔵の胴体と首、物置小屋に確かにあるんです。 じゃあ、今家の中にあるあの地蔵って何? もしかして… この時、僕、本当に馬鹿だったんですよ。馬鹿だったから、どうすればいいのかわかんなくて。 わけわかんなくなっちゃって、その二体の地蔵、ハンマーで砕いて近くの川に流したんです。 それから、なんか何するにも怖くなっちゃって、僕高校行かずに地元離れて、今まで一回も帰ってないんです。 さっきはかっこつけて「東京が楽しくて~」とか言っちゃいましたが、これが本当の理由です。 ただ地元に帰らなくていい理由つけるためにひたすら働いて、今では不自由なく暮らせるようになりましたけど、 正直言うと今でも、夜はちょっとの物音で目が覚めるんです。 -----------‐------------------------------- 退店時に私はAさんと固い握手を交わし、その足で怪談ライブへと向かった。 新鮮な小噺とお洒落なヘアースタイルを携えて。

後日談:

  • さくっとまとめるつもりが長編になってしまいました。

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