
私が病院の霊安室で勤務していたときのことです。
その日は一人の高齢の患者が亡くなり、霊安室に運ばれてきました。彼女は長い間病気と闘っていたそうで、死後もその姿が安らかであることを願いました。
霊安室の冷たい空気の中、彼女の身体に触れると、まるで氷のように冷たくなっていました。私は心を込めて、彼女の安らかな旅立ちを見守るつもりでいました。
その時、静寂を破るかのように、微かに声が聞こえました。
「まだ、行かないで…」
「え、何?」
驚いて振り返ると、薄暗い霊安室の隅に彼女の影が見えた気がしました。まるで身体が揺れているかのように、何かが彼女の周りを漂っているのです。
「やめて…」
思わず声が漏れました。後から聞いた話によると、亡くなった人の身体が冷たくなると、筋肉が収縮して声が出ることがあるそうです。しかし、その時私が聞いた声は、明らかに生きているかのように感じられました。
遺族が訪れた際、彼女の顔を見つめながら「お母さん、もう大丈夫だよ」と語りかける姿が印象的でした。しかし、その瞬間、私の背中を冷たい手で押されたような感覚がしました。まさか、彼女の思いが私に届いたのでしょうか?
その夜、私は霊安室を後にする際、振り返ってしまいました。静まり返った部屋の中に、まだ誰かがいるような気配を感じました。まるで、彼女が最後の別れを告げたかったかのように…。
その後も、病院の霊安室では不思議なことが続くのです。冷たい空気の中で、時折聞こえる囁きに、私は今でも耳を傾けています。彼女の声は、果たして最後の別れだったのか、それとも…?
答えは、未だにわからないままです。
これが、私が経験した恐怖のひとつです。
誰もが眠っているはずの場所で、何かがささやきかけている…。それが、私の仕事の一部になってしまったのです。
この夜の出来事は、今でも私の心の中に深く刻まれています。
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