
俺の家の隣は蕎麦屋だった。
ある冬の寒い夜、俺は駅から家に向かって歩いていた。
しばらく歩いていると、隣の蕎麦屋の前にきた。
蕎麦屋の明かりは消えて閉店後のような感じで、曇りガラスの戸の向こうは真っ暗だった。
それを見ていると、俺は「本所七不思議」の「燈無蕎麦」の話を思い出した。
ここの蕎麦屋とは全く関係ないが、俺は冗談半分に蕎麦屋入口のガラス戸に手を伸ばすと何と開いた。
中は案の定明かりがついてなく、街灯がわずかに差し込み蕎麦屋の厨房やテーブルなどがかろうじて見えるくらいだった。
俺はテーブルにつき椅子を引いて腰を下ろした。
店主は店の奥の住居で寝ているのか誰もいなかった。
明かりの消えた店に入るなど俺はおかしなことをしている訳だった。
しばらく店にいるとふと違和感を感じてテーブルを見ると、そこにはざるそばが置いてあった。
え??
ざるそばは誰かの食べ残しなどではなく、まさに注文して運ばれてきたあとのような綺麗な形でつけ汁まで置いてあった。
まるで俺が今注文したかのように。
勿論さっきまでなかったし、仮にあったとしたら店に入った時点で気付くはずだ。
目の前には美味そうなざるそばがあるが、こんな状況で食べられる訳もない。
俺はざるそばが本物か触れることもなく逃げるようにその場を去った。
翌日、昼間にその蕎麦屋を通ったが昼でも店は開いてなかった。
今日は定休日じゃないはずなんだけどなぁ。
そう思いながら俺は店の前を通り過ぎた。
実はその店の店主は病気で入院しており、後継ぎの息子も看病のためか店はずっと閉めていた。
そしてその数日後、店主が亡くなった。
あのときの明かりのない蕎麦屋で見たざるそばは、店主の最後の蕎麦だったのだろうか。
後日談:
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