
祖母が昔、体験した話だという。
今でこそ寂れているが、祖母が学生の頃はまだM町も観光が盛んで、他所から人が往来し、大きな川が流れていることもあってか川下りが人気だったらしい。
船を操る船頭はその町では、ある種憧れの職業で、男たちは皆その仕事に就きたがったそうだ。
祖母自身もそんな船頭の男達にのぼせた時期があったらしく、学校おわりには連日のように船着場へ通い詰めた。
そこにOという男がいた。
彼はその時代には珍しく背が高く、筋骨があって、祖母は一目で惹かれたという。
よく話をした。
そのなかである日、祖母は尋ねた。
「こんな急な流れ、怖くなったりしないの?人だってたくさん乗せますし…。」
するとOは言った。
「オフナサンがついてるから大丈夫だぁ。」
聞くとオフナサンとは船乗りの神で、魚の鮒とも縁があり、漁の神でもあるという。
「彼女のおかげで俺は今日も、ほら、無事に戻って来ることが出来た。」
そういうと彼はにっこりと笑った。
えくぼの深い、かわいらしくもあるOの笑顔に祖母はときめいたが、次の瞬間、一転冷たいほどの顔になって、
「でも、だからこそ粗末にはしていけねぇ。粗末にした船乗りがどうなったかを俺はよーく知ってるからな。」
あまりのOの変化に祖母は思わず聞いた。
「粗末にすると、どうなるの?」
すると、Oはハッとしたように祖母に顔を向け笑顔になり、
「君は知らなくても良いことだなぁ。ははは。」
と、誤魔化すように笑ったという。
それから月日は流れ祖母はO以外の男、つまり祖父と一緒になり、父を産み、育てた。
そのあいだに町はずいぶんと変わってしまった。
川にはずいぶんと工事の手がはいり、高度経済成長期の汚染も例外ではなく、その影響で川下りは廃れ、人も離れた。
その日はひどく霧の深い一日だったという。
連日の雨で川はひどく水が増していた。
消防の団員だった祖父は朝から川の様子を見に行くと出かけていた。
危険水位に達すると見られた。
祖母は、学校が休みとなった父と避難をする準備をすすめていた。
ふと、Oの言葉を思い出していた。
"オフナサンを粗末にすると…。"
「ウゥー!ウゥー!」
外でサイレンが鳴った。避難勧告に違いなかった。夫は他の誘導を済ませてから合流すると言っていたから、ひとまず逃げねば…。
そう思い父の手を取り玄関へ向かい戸を開けた。
…異様な光景だった。
明らかに地元の人間ではない者たちが川の方へとむかい歩いていた。
後日談:
- 現在でも川下り(ライン下り)はありますが、話の中で出たとおり町自体が廃れたので、今は岸から日に一度観れればいい程度となっております。 私も校外学習で一度だけ乗りました。
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