
これは、僕が大学2年の冬休みに短期バイトをした時の話だ。職場は市街地にある、廃校舎に併設されたアートギャラリーだった。僕の仕事は、そのギャラリーの目玉の一つである「迷路展示」の管理スタッフだった。
冬休みは、特にアートを愛する人々が訪れる時期だ。迷路展示は訪れる客に人気で、連日賑わっていた。だが、トラブルも続出で、迷路内で迷って泣き出す子供、トイレを我慢できなくなったカップル、そして寒さに震える高齢者たちを助けるのが、僕に与えられたミッションだった。
僕は、先輩の山田さんという30代の男性スタッフの指示の下、「選ぶバイトを間違えた……」とぼやきながら、迷路内を走り回り、冷たい汗を流していたのだった。
ある冬の夜、雪がちらつく中、来場者はまばらで、僕と山田さんは迷路の中央にある小さな観覧室で、外を眺めながら雑談をしていた。別にさぼっていたわけではない。迷路全体を見渡せる場所から常に監視しており、何かトラブルがあれば、すぐに駆けつけるのだが、その時迷路内にいたのは、一人の男性だけだった。
「彼、こんな寒い日に迷路なんて来るなんて、どうなってるんだろう?」と、僕は思わずつぶやいた。
「彼は、佐藤の父親だよ」と山田さんが言った。
佐藤? どこかで聞いた名前だが、思い出せなかった。
「掲示板に、失踪のポスターが貼ってあっただろ?」
その言葉で、頭の中に映像が浮かんだ。スタッフ用の休憩室に、そのポスターが貼られていたのだ。
佐藤美咲(8歳)
◯月✕日、迷路内で行方不明。
目撃情報があれば、必ず報告すること。
「あの、失踪した……?」
山田さんが頷く。「3ヶ月前だった。あの子は、父親と一緒にここに遊びに来ていた。迷路の中で、ふっと姿が消えたんだ。」
警察に通報され、すぐに捜索が始まった。だが、迷路内の監視カメラには、彼女の姿は映っていなかった。
「彼は、毎日ここに来て探しているのか?」と僕が訊くと、山田さんは暗い表情で頷いた。
「最初は辛そうだったけど、今では『美咲は迷路の中にいる』と確信しているようだ。顔つきも変わり、明るくなった。『もうすぐ道がわかる』と言っている。」
その言葉が耳に残り、僕は不安に駆られた。彼は本当に何を見つけようとしているのか?
冬休みが終わりに近づく頃、佐藤の父親の姿は見かけなくなった。無事に見つかったのか、諦めたのか、それとも……。
事の顛末を、僕は知らない。
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