
私がまだ大学生だった頃の話です。
冬の夜、公園のベンチで休んでいた時のこと。
隣に座ったのは、兄妹の二人。
幼い弟を心配する姉が、彼に向かって言葉をかけていました。
「ちゃんと家に帰るからね。お母さんが待ってるから。」
その言葉は、ただの励ましではなく、どこか不安を含んでいるように聞こえました。
姉は、弟の手をぎゅっと握り締め、何度も何度も彼をなだめていました。
私は気になって、つい耳を傾けてしまいました。
「もう少し我慢して。私が一緒にいるから。」
その言葉が何度も繰り返される中で、弟は無言でうなずくばかり。
そして突然、姉が立ち上がり、弟を連れて公園の奥へと走り始めました。
一瞬、何が起こったのか分からなかったのですが、気づくと彼らは公園の池の方へ向かっていたのです。
「待って!」と叫ぼうとしたその時、姉が弟を池に突き飛ばすのを目撃しました。
「えっ…?」
何が起きたのか、私の頭は混乱しました。
水の中で弟が苦しんでいるのを見て、姉はただ立ち尽くし、何もできないようでした。
その瞬間、私は目を背けることもできず、ただ呆然としていまし た。
やがて、弟の姿が水面に消えていくのを見届けた後、姉は泣き崩れ、手を伸ばして水中を探るのですが、もう何も残っていないのです。
私はパニックになり、その場を離れようと必死でしたが、どうしても動けませんでした。
その後、何とかして帰宅したのですが、家族や友人に話しても、誰もその事件を知りませんでした。
ネットで調べても、事故の記録は一切見つからない。
まるで、私が見たものは存在しなかったかのようでした。
あの姉は、一生自分の手で弟を失った罪を背負って生きるんだと思いました。
彼女は、死んでもその苦しみから逃れることができない。
その恐ろしさを考えると、姉の心に植え付けられた過剰な責任感が、今もなお彼女を蝕んでいるのかもしれません。
その思考が、私の心に重くのしかかりました。
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