
長編
氷獄の都(ひょうごくのみやこ)
にー 2020年12月20日
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氷獄の都
寒秋の冷気が頬を撫でるのを感じながら、俺は人気の無いバス停でただ1人バスを待っていた。
目的地は駅。何かしらの用事があるわけではないが、なんとなく実家に帰りたくなったのだ。
帰ったらまず何をしよう。湯船に浸かってゆっくりしたい。
そんなありふれた思いを何の気なしに馳せながら、車通りが少ないが無駄に幅の広い道路の路肩に設置されたバス停のベンチでバスを待つ。
スマホで確認したこのバス停へのバスの到着予定時刻は16時30分。現在の時間は16時22分で、あと8分ほどもこの寒い中待たなければならない。吐く息が白く染まっているのを確認して、俺はスマホ片手にマフラーを口元まで持っていっては、沈み行く夕日を眺めた。
しばらくして、予定到着時刻より2分ほど早いにも関わらずバスが到着する。スマホの画面を見ていた俺は、乗客のまばらなバスを見て、予定より早く来て出発するのはいいことなのか?と多少の疑問を抱きながらも、口を開けた乗車口からバスの中へと入っては、前の方の席へと向かった。
俺以外このバス停から乗る乗客はいなかったので、俺が乗り込んだのを確認した運転手はすぐさま扉を閉めて発進する。
「次は氷獄の都、氷獄の都〜。お降りの方はボタンを押してお知らせ下さい」
俺が席に着くと同時に車内アナウンスが鳴り響いた。ここで俺は再び疑問を抱く。
俺はたまにだが駅行きのバスを使う。もちろん先程乗ったバス停から乗り込んで、だ。だが、駅へと向かう途中で『氷獄の都』なんていう名前のバス停は聞いたことがなかった。
そうして俺は乗る予定だったバスを間違えたことに気づき、バスに乗り込む際にスマホを見ていてこのバスの行先表示を見ていなかったことを後悔する。そしてすぐさまスマホで「氷獄の都」と検索した。とりあえず一番上に出てきた「氷獄の都・TOP」と書かれたページを開く。
まず目に飛び込んできたのは、『氷獄の都』とまるで血が飛び散ったかのようなフォントで描かれた、不気味な見出しとその背景として存在する微笑を浮かべたおかっぱ頭の日本人形だった。
いや、ホームページじゃなくてバスの時刻表を見ないとな。
俺はこの氷獄の都というバス停で一度降りてから、そこで駅行きのバスを待つことに決めていた。それゆえに妙に頭にひっかかっていたが氷獄の都とやらのホームページからバックし、検索バーに「氷獄の都 時刻表」と入れる。確認した結果、どうやら17時に氷獄の都から駅へと向かうバスが存在するようだった。安堵のため息を吐く。
5分、10分…とバスに揺られ、次のバス停まで異常に長いことに焦りを感じつつも、見慣れない景色を車窓から眺める。
ようやくバスは停車し、俺は運賃を支払う前に一応バスの運転手に尋ねた。
「このバスは駅まで行きますか?」
白髪が目立つ中年の男性運転手は、覇気のない目で答える。
「行きません。このバスは工業高校行きです」
「そうですか…わかりました」
もしかしたら別のルートで駅まで行くのかもしれない。そんな希望は打ち砕かれた。
俺は精算機に乗車賃を入れ、バスを降りる。俺の他に氷獄の都で降りる乗客はおらず、バスは行ってしまった。
このバス停から駅行きのバスが到着するまで後15分程度ある。俺はどこか暇つぶしできる場所はないかと辺りを見回した。だが、辺りは一面のすすき野原。その中にポツンと佇む一軒家くらいしかめぼしいものはなかった。一軒家というよりもただ屋根があるだけの建物と言った感じで、その屋根の下で数人の大人たちがまるでキャンプをするように薪に火を起こしながら鍋を作っていた。大人たちの顔は暗くてよく見えない。
「……ぱ。…けんぱ。けんけんぱ」
突如、すすきが生え揃ってなく通路のようになっていた場所からそんな声が聞こえてきた。声のした方向を見ると、何やら短髪の男の子が1人でけんけんぱをして遊んでいた。
まるで何十年かも前に来たかのような不思議な感覚。だが、俺は一刻も早くこの場から逃げ出したかった。なぜなら、先程鍋を作っていた大人たちが、不気味な微笑みを浮かべながらこちらにおいでおいでをしてきていたからだ。もちろん行く気なんてなかったが、けんけんぱをしていた男の子がこちらに近づいてくる。
「いこ」
俺と男の子の距離はわずか3メートルほど。空洞のような男の子の目がまるで俺を吸い込もうとしているかのようにとらえている。
俺は走り出した。どうしても逃げ出したかった。あまりに不気味だったのだ。
走る。走る。走る。
俺は振り向いた。
男の子が追ってきていた。あの大人たちと同じ、狂ったような笑みを浮かべながら。
「マッテ、マッテ、マッテ」
男の子はそれだけを繰り返す。まるで生まれて初めて走ったかのようにぎこちない走り方なのに、俺と同じペースでついてきながら。
やがてすすき野原を抜け、大きな一本道が見えた。この道を戻ればいずれ元来た場所まで戻れる。そう安堵した瞬間だった。
「うきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ」
まるで楽しいオモチャを見つけた猿のような奇声を放ちながら、男の子が飛びかかってきた。
そこで俺は目が覚めた。
そう。夢だったのだ。
俺は深くため息を吐いた。未だ脳裏に焼き付いている。あの不気味な少年と大人たちの姿が。
異常に喉が渇いていた俺は、ベッドから降りようと身を起こした。と、同時に。
『バキッ』
鍵のかけた玄関の扉が、何者かによって開けられようとする音が室内に響き渡った。
もう怖くて動けなくなってしまった。
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