
長編
知らない御堂
匿名 2021年8月21日
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私は霊を直接見たりというのはほとんどないが、不可思議な事が起こったり、何かを感じたりする事はたまにある。
この話は私が20歳の頃体験した、飛び切り不可思議で奇妙な出来事。今考えても意味不明だし理解不能な出来事。
私が住んでいるのは東北地方の海と山に挟まれた小さな都市。
中心街から30分も車を走らせれば自然を感じられる、つまり田舎だ。
20歳の頃の私は、ガソリンスタンドで社員として働いていた。
外で仕事をするのは大変だったが、雨の日や夜7時以降はお客さんも少なく、同僚達とダラダラと話をして閉店時間を待つのはちょっとした楽しみだった。
100万円当たったら何に使うとか、好きな女の子の話とか、それぞれの趣味の話、とにかく他愛のない話をするのが楽しかった。
当時の私は渓流釣りにハマっていて、渓流魚との繊細な駆け引きもそうだが、凛とした渓流を1人黙々と歩き、自然を満喫出来る感覚がたまらなく好きだった。
8月のある日の夜、ガソリンスタンドが空いてきた19時半頃、バイトのTさんと趣味の釣りの話をしていた。
Tさんは21歳の大学生で、背も高く流行に敏感、そして野心家の、所謂「イケイケの男子大学生」って感じの人だった。
私が次の休みに渓流釣りに行こうとしている事を伝えると、Tさんが良い穴場があると言い出した。
他の里川よりも川幅、水量があって魚影が濃い。
しかも道路が近くを通ってるからアクセスも良いのだと言う。
詳しい場所を聞こうとするが教えてくれない。
しつこく聞くと、市街地から車で約30分の山深いH町に流れる川との事だったが、やはり具体的な場所は教えてくれなかった。
ただH町の川は釣れるという評判を以前、他の人からも聞いた事があったので、適当に行ってみる事にした。
前の日の夜、遅番を終え、釣り道具や一応藪入りする装備を車に準備して、午前1時過ぎに眠りについた。
疲れていた事もあり、アラームを止めて爆睡していたようで、当日の起床は9時を過ぎてしまった。本気の釣りというより新規開拓の要素が強かったので、遅くなったが予定通り釣りに行く事にした。
いざ着替えも済ませ釣りに行く為、車に乗りカーナビの地図上でTさんの言ってたような場所を探す。
地図を見ているとイメージに近い、道路が近く川幅もありそうな所が何ヶ所かあったので、当たってればラッキーくらいの軽い気持ちで、適当に選んだポイントを目的地に設定し出発した。
カーナビの言う通り国道に出て進み、H町に入り国道を右折。
徐々に狭い道に入って山の方を目指すような形で進む。
それでも中型トラックとすれ違っても圧迫感を感じない程度の道幅はあった。
カーナビに従って走行していると、カーナビ上にも川がチラチラ映って来て、段々気持ちが昂ってくる。
ふとカーナビを見ると到着予定時刻が残り10分を切っていた。
その時車の前方に目を移すと違和感を感じた。
というのも、カーナビ上での道路は左に大きくカーブしている。
しかし前方の実際の道路は真っ直ぐだった。
理解が出来なかった。
一瞬「カーナビのバージョンが古いのか」と思ったが、3年前に買ったばかりのカーナビだし、舗装道路にはヒビが入っていて新しい道路には見えない。
とにもかくにも実際の道路を進むしかないので、直進してみた。
カーナビの地図上では道路を外れた所に車のアイコンがあり、不自然だが目の前に道路はある。
不思議ではあったが、カーナビだって完璧じゃないだろうと、この時深くは考えていなかった。
カーナビ上の道路から逸れて20m程度直進した所で、急に道路が狭くなった。
車1台しか通れない幅で舗装から土に変わり歩道も無くなり、道路の両脇には背丈程の草がぼうぼうに生えている。
今考えると不自然な道路の切り替わり方だったと思う。
ただ、カーナビの地図を見ると直進した先に川が映ってた事もあり、土の道自体にも草は差程生えていなくて、まだ進めそうだったのでもう少し進む事にした。更に速度を落として走っていると、徐々に道の草が多くなり、車体の下にカサカサと草が擦れる音が鳴り出した。
やがてザザッザザッと草が擦れる音が強くなり、実質進めなくなったので車から降りる事にした。
降りてみると背丈程の草が一面に生い茂っていて、それが風に揺られてサラサラと心地良い音がする。
そして進めなくなった車の前方から川のせせらぎが聞こえる。
しかも水量がありそうな良い川の音。
様子見の為、釣り道具は持たず川の音のする方に行ってみる事にした。
生い茂った背丈程の草を掻き分けるのは結構しんどくて、足を取られながらもただ釣りをしたい一心で進んだ。
10m程度進んでから、足元のヒビ割れた土を見ていて気が付いた。
私が歩いている所は元々は田んぼだったようだった。
田んぼが干上がって草が背丈まで生えるのはどれくらい時間が掛かるのか分からないが、使われなくなった田んぼの上を歩くのは妙な切なさというか、気味悪さというか・・・とにかく変な感覚だった事を覚えている。
視界が悪くて確かではないが、恐らく30mくらいは進んだと思う。段々に川の音が近くなるつれ気持ちが昂り、進む速度も早くなった。
そしてやっと草を抜けると、そこには幅2.5mくらいで川底が見えない程の深みの理想通りの川があった。
喜びと同時に何故か「子供が落ちたら大変だな」と思った。
この時自分には子供も居なかったが、何故かそんな考えが頭を過ぎった。
釣り道具を持って来ようかと思っている時、ふと右後ろを見ると、私の立っている位置から5mくらい先にポツンと御堂があった。
7、8段くらいの石造りの階段をあがると両脇に狛犬が2体。
その奥に御堂がある。御堂は正面以外の三方を高い傾斜に囲まれていて、私が今立っている位置からでないと見えないような配置だった。
そしてなんというか・・・上手く言えないが寂しそうな雰囲気の御堂だった。
まだ昼前なのに、寒くてなんか薄暗く感じた。
不気味さも感じつつ、趣きのある御堂を近くで見ようと石造りの階段をゆっくり一段、二段と上がる。
階段を上がりきって狛犬を見ると、開いた口の中にお賽銭?が入っていたが、狛犬の全身に蜘蛛の巣が張っていたので、暫く人は来ていないのではないかと思った。
しかも狛犬に1匹ナメクジが這っていて少し不気味だった。
御堂は高さ3m、横幅4mくらいだったと思う。
近付くと木の質感とか痛み具合、板に書かれた御堂の名前の文字、言葉に出来ないがとにかく古めかしい。
中に何が入ってるか気になったが、開ける度胸はなく、じっくりと御堂の周りを一周してみた。
また正面に戻ってそろそろ釣りをしようと思い、記念に携帯電話で御堂の写真を撮った。
その辺から無性に寒気がしてきて、なんだか怖くなって来たので、御堂から離れようと思い少し急ぎ足で階段を降りたその時、軽くパニックになった。
階段の一段目に虫かごとピンクのポーチが綺麗に並べて置いてあった。
虫かごは透明の四角いプラスチックに青い蓋で、中には緑の水が溜まっていてボウフラが無数にわいている。
ピンクのポーチは砂埃で汚れていて、キャラが描いてある様だったが認識する余裕はなかった。
いずれも小さい子が持ち歩くような物だった。
私が階段を上がって来た時は確実に無かった。
もしあったら跨いで避けていたはず。
でも砂埃まみれのポーチ、ボウフラがわいた水入りの虫かごを持ち歩く子供が居るとは思えない。
という事は最初からあった?
いや、絶対になかった。
目の前に生じた矛盾で軽くパニックだった。
と同時に何か「ヤバい」と思っていた。
突然、風が強く吹いて草が揺れた。
ザザーッ。ザザーッ。
その音に混ざって「おーい。おーい。」って男の人の声が聞こえて鳥肌が立ち、反射的に車に向かって全力で走り出していた。
走ってる間、紺色の作業着を着た年配の男が「おーい。おーい。」って誰かを探してるイメージが頭の中に流れて来た。
何とか車に戻って凄いスピードで車をバックさせ、慌てて家に逃げ帰った。
動揺はしていたが、何かが連れて来たような雰囲気はなかったので、ある程度落ち着いて運転して帰った。家に帰って頭の中を整理していたが、どうしても御堂に書かれてた御堂の名前が思い出せない。
そんな難しい漢字じゃなかったはずなのに・・・
携帯電話で写真を撮った事を思い出し、画像を見てみるが写真が無い・・・
シャッター音も鳴ってたし、撮ったはずなのに写真が無い・・・
家でもまた軽くパニックだった。
次の日、Tさんにこの出来事を話した。
すると怖がる以上に面白がっていて、カーナビの履歴からもう一度同じ所を目的地にして向かったらどうなるんだろうと言い出した。
むしろ行ってみてと言われた。
流石に最初は拒否していたが、確かに気になった。
それでも夜行くのは精神的に無理なので、次の休みに行ってみることにした。
そして次の休みの日、カーナビの履歴から前回と同じ所を目的地に出発し、国道を通ってH町に入り、カーナビに従って国道を右折。
ここまでは前回と同じ。
そして問題の場所。
カーナビの地図上では左に大きくカーブしている。
そして、前方の実際の道路・・・
左に大きくカーブしている。
辿り着けなかった。
というか辿り着かなかった。
少しホッとしたが、遅れてゾッとした。
普通信じられない話だと思う。
車も買い替えた今、証拠になるような物も一切無い。
これを話したある友達には夢だと言われた。
夢の入りも目覚めたタイミング無い。
ある友達にはカーナビの故障だと言われた。
通った道が変わってる。
間違い無く私が体験した出来事で、事実。
私自身、理解した訳じゃないが、
もしあなたが彼らに招かれてしまえば、違和感を感じた時には既に彼らのテリトリーにいて、そこでの選択を間違えてしまえばどうなるのか誰にも分からないのだと思う。
私は幸運でした。
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