
長編
普通車
ハンさん 2015年5月2日
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この話は昔、ある投稿サイトに掲載した話です。長文で読みにくいと思いますがご了承ください。
これは私がまだ20代のころの話です。
現在は実家の家業を継いでいますが、大学を卒業後は「外の飯を食わないと」との思いから、修行がてらサラリーマンをやっていました。
最初はその会社の近くにアパートを借りて生活していましたが、父が突然他界し、母一人、犬一匹では何かあったら大変だと思い実家から会社に通勤することにしました。
しかし、実家から会社へは約1時間の道のりで、さすがに当時乗っていた軽のジムニーでは少し疲れを感じていました。
大変気に入っていた車だったのですが、仕方なく手放すことにしました。
休みの日に中古車屋さんに行き、お金があまりなかった為、安い普通車を探して回りました。
何件目の中古車屋さんだったかは忘れましたが、本当に営業しているのか疑いたくなるような寂れた中古車屋さんで、他の車とは状態も、価格もずば抜けて良い車を発見しました。トヨタのルシーダという8人乗れる車で、いままで軽にのっていた私はその広さに驚きました。店長さんに聞くと、前オーナーは小さいお子さんがいたらしく、後部座席にチャイルドシートを装着して運転していたとのこと。見てみるとなるほど座席にはかすかにその跡がみてとれました。その他にも、アイスをこぼしたシミなどがありました。
それにしても、走行距離の短さと価格がマッチしません。いろいろ中古車屋さんを巡ったせいで、少し価格に詳しくなっていた私は、どう考えても安すぎるので、「もしかすると・・・・」と思っていました。しかし、店長に変なことを聞いて、「じゃあ、売りません」と言われるのが怖くて、すぐに契約の運びとなりました。価格はおそらく市場価格の1/10くらいだったと思います。
車検もまだ期限が残っていたため、洗車後の納車となりました。いくら中古車といえど、納車の日は少しわくわくしていました。お気に入りのCDを数枚準備し、首をながくして待っていました。
無事引渡しを済ませた後に店長さんに聞いてみました。「この車、この状態にしては安すぎますよね?」すると店長さんから「すぐ戻って来ちゃうんです」と不思議な返答がかえってきました。意味がわからず困惑していると、「お客さんなら多分大丈夫ですよ」とまた意味深な言葉で話をそらされてしまいました。何か得体の知れないいやな感じはしましたが、掘り出し物を見つけた喜びと、これからの通勤の快適さを思うと、それ以上聞くのをためらいました。「何かあったら連絡ください」とだけ言い残し、店長さんは迎えに来た車に乗り込んで帰っていきました。
ぽつんと駐車場に取り残された私は、しばらく車をまじまじと見つめていましたが、コンビニに携帯の代金を支払いにいく用事があった為、早速出かけることにしました。運転席に乗り込んだ瞬間、不思議な静寂を感じました。うまく表現できませんが、修学旅行で消灯時間を過ぎて枕投げをしていた時に、先生がいきなり部屋に怒鳴り込んできて、みんな必死に寝た振りをしている部屋の静寂とでも言いましょうか、今まで騒がしかったのに、急に静かになった感じがしました。それだけなら気のせいで済むのですが、「これは絶対異常だ」と感じ取れることがありました。「におい」です。車内が尋常じゃないくらい臭いのです。タバコやおならなんてものじゃない、ムカムカするような吐き気を催すにおいがするのです。私は思わず手で口鼻を押さえ、においの原因を涙目で探しました。が、車内にはそれらしき物体はなく、中古車屋さんで見たときよりも隅々まで清掃がしてあるのが分かるだけでした。あの時はまちがいなくこんなにおいはしていませんでした。すぐさまエンジンを駆け、窓を全開にし空調を最大にしました。イライラしてきた私は、以前に聞いていた中古車屋さんの店長の携帯に電話をして、文句の一つも言わないと気が済みませんでした。しかし携帯は何故かコールすらならず不通で、私のイライラは増すばかりでした。こうなったらとりあえずコンビニに寄って、中古車屋さんに直接文句を言いに行くしかないと思い車を走らせました。
窓は全開で、空調も最大で、しかも息をするのもなるべく顔を窓から少し出しながらコンビニまで運転しました。更に運転中もハンドルが何故かブルブルと左右に振られるので、「こりゃ騙されたかな」と怒りに震えていました。なんとかコンビニに到着し、料金を支払い飲み物を買って車に乗り込みました。するとどうでしょう、先ほどまでのにおいは一切しなくなっていました。むしろ、新車のにおいといいましょうか、清潔感のある透明な香りがするではありませんか。しばらくきょとんとしていましたが、まだハンドルの件があることを思い出し、中古車屋さんの方角に車をだしました。何個目かの信号を過ぎましたが、一向にハンドルのぶれもなくいたって快適に運転できました。これでは、文句を言うどころか「どこが?」と言われておしまいだなと思い直し、帰宅することにしました。
帰路の途中CDを持って来ていたことに気づき、気分転換の為お気に入りのCDを聞きながら帰ることにしました。備え付けてあったオーディオは比較的きれいで、ただ音楽さえ聴ければそれでいいと思う私には十分なものでした。電源ボタンを押し、早速CDを入れようとすると表示には「再生中」の文字(実際には英語で)が浮かびあがっていました。その刹那、大音量で子供向けの童謡のイントロが流れ出しました。(子供向けの童謡と判断したのは少ししてからでした)あまりの音の大きさに反射的にボリュームのつまみをひねり、頭の中では状況の把握に脳がフル活動していました。信号待ち中だったため、後続の車のクラクションで我に返り、とりあえず車を発進させました。しばらく考えながら走っていて流れている曲が童謡であること、子供向けのものであることから、前オーナーの話を思い出しました。「そういえば小さいお子さんがいたって言ってたっけ」と独り言をつぶやき、おそらく前オーナーの忘れ物だと判断しました。そのまま歌のおねえさんが歌っているのを聞いているのも当時子供がいなかった私には興味がなく、取り出しボタンを押しCDを入れ替えました。とにかく少し落ち着きたかったのです。曲のイントロが流れ出しボーカルの声が聞こえてきたときに、そんな私の心情をあざ笑うかのように次の異常な現象が起こりました。音が飛びまくり、何を歌ってるのかさえ分からない状態でした。先ほどの童謡は問題なく聴けていたのに・・・・とがたがた道でもないのに音とびしまくるCDを聞きながら自宅に着いてしまいました。
自宅の駐車場に車を止め、ふーと一息ついてからこれからどうするべきかを考えました。「におい」・「ハンドルのぶれ」・「オーディオの不調」と立て続けに起こったことに不安を感じながらも、前の2つは今のところ大丈夫で、オーディオもCDの方に傷が入っていることも考えられた為、またすでに陽も暮れだしたので、しばらく様子を見ようという結論になり車を降り自宅に戻りました。
それから1週間ほどは何事もなく通勤に使用し、先ほどの現象も全く起こらなくなっていましたが、オーディオは相変わらずどんなCDを入れても音とびが酷いので、そのまま放置していました。まあオーディオくらいなら新しく取り付けても、車体価格自体が安価だったことを考慮すると文句を言うほどではないなと思っていました。それに携帯型の音楽プレーヤーも持っていたため、それほどオーディオにこだわっていなかったのもそう思った一因でもありました。
そんな折に車の契約書を整理していると、一枚の用紙に目がとまりました。そこには「アフターサービスもばっちり!」と銘打たれたチラシらしき紙でした。「当社のお車をお買い上げのお客様には無料にて1ヶ月点検いたします」と慣れないワープロで打ったような字が印刷されていました。これを見て私は、「じゃあその時にいろいろ聞いてみるか」くらいの気持ちでいました。
当時の私は食品の卸問屋に勤めていて、通常はスーパーなどの小売店様に営業に回り、注文をとったり新商品のプレゼンなどをやっていましたが、あるとき、お得意様のスーパーさんが新店舗を出されるということで、立ち上げを手伝ってほしいという仕事が回ってきました。この立ち上げの仕事は会社内でもベテランに回されることが多く、滞りなく立ち上げてこそ一人前と見られる風潮がありました。不安はありましたが、親父が他界しはやく仕事を一人前にこなし、家族を引っ張っていく存在になりたかった私は喜び勇んでその業務に一生懸命取り組みました。お店のオープンを明日に控え、その日も朝から仕入れ担当者の方と商品の搬入と売り場の整理をやっていました。会社に戻ったのが夜11時をまわったところだったので、もちろん会社は施錠されていました。これから帰宅すると12時すぎるし、また明日は朝5時に店舗で売り場の最終チェックを予定していたため、近くのスーパー銭湯に泊まることにしました。しかしお風呂には入れたものの、宿泊用のカプセルホテルが満室ということで車中泊を決意しました。連日の疲れでシートを倒し目を瞑るとすぐさま眠りに落ちました。そこで夢?をみました。夢なのかははっきりしませんが、今でも鮮明に覚えています。寝ている私の頭側の方から子供が2人しゃがんでわたしの顔を覗き込んでいます。2人と分かったのは目が4つ見えたからで、私の顔と2人の顔の距離がおそらく10センチくらいしか離れておらず、焦点が合わせづらくぼんやりと見えていました。焦ったものの夢の中で体は動かず、2人がぶつぶつと会話しているのを聞いているだけでした。「誰?」、「新しい人」、「いい人?」、「わかんない」、「あつくする人?」、「わかんない」といった具合に他にも何か話していましたが、声が小さく聞き取れませんでした。しばらく会話を聞いていましたが、子供達は何かにはっと気がついたような素振ですぅーと消えていきました。
どんどんと窓を叩く音ではっと目を覚ますと、今日オープンの手伝いをしてくれる会社の先輩が窓を叩いていました。時計を見ると5時を少しまわっていました。4時半の待ち合わせをすっかりオーバーしている状況を把握し、急いで車のドアを開けようとすると、車内にはまたあの異様な「におい」が充満していることに気がつきました。せっかく忘れかけていたあの納車時の不安がよみがえりました。しかし今はそんなことを気にかけている時間はなかったので、靴を履き車を降り、先輩に気づかれないように急いでドアを閉めました。「申し訳ありません!」と平謝りしていると、水をかぶったように汗をかいている私の顔を見て「大丈夫か?最近お前は頑張ってるからな。とにかくお客さんのところに急ぐぞ」と遅刻したことは不問にしてくれました。
オープン初日を終え、大きな山場を乗り切った私は、心地よい疲れと供に帰路につきました。自分の車が視界に入ったとき今朝のことが思い出されました。またあの「におい」がするのか・・・・・。深呼吸してドアをあけると、私の心配をよそに車内はいつもどうりの雰囲気でした。ほっと胸をなでおろし自宅までの慣れ親しんだ道を急いで帰りました。
その事も忘れ業務に追われて3週間がすぎました。「いよいよ明後日点検の日だな」とスケジュール帳をチェックしていると、会社の先輩から電話が鳴りました。聞くと、私が忙しくオープンの準備にかかっている間に開催された合コンの女の子達と一緒にヤ○ードームに野球観戦に行くというもので、男3人女3人の計6人なので、車を一日貸してほしいというものでした。先輩達の車はスポーツタイプの車ばかりなので、私の車に白羽の矢がたったということでした。ガソリン満タンにして返すという言葉と遅刻の件もあったため一抹の不安もありましたがOKしました。
女の子も乗るということなので、先輩達に恥をかかすまいと、念入りに洗車、車内の清掃をし、念のため芳香剤を車内に設置しました。待ち合わせの場所に着くと、先輩達といかにも先輩達が好きそうな(私も大好きです)露出の多い服装の女の子達が待っていました。「この俺の車、替わりに使っていいよ」と先輩は2人乗りの車の鍵を渡し、お菓子や飲み物でいっぱいになっている袋を積み込んでから、羨ましそうに見送る私をよそ目に去っていきました。野球の試合はデーゲームで夕方には帰ってくるということなので、漫画喫茶で時間をつぶそうと慣れない先輩の車を走らせました。
漫画喫茶に入ってまだ5分。大好きな「ベルセルク」を読んでいると、先輩からの電話で壮大なファンタジーの世界から現実に戻されました。先輩からの携帯の着信を見た瞬間、言い知れぬ不安が胸の中を満たしていくのがわかりました。電話にでると開口一番「これどういうこと?」「臭いし、まっすぐ進まんし」とかなり焦っている様子でした。とりあえず「すいません!」と謝ってから詳しい状況を聞きました。先輩から聞いた状況によれば、女の子の一人がいわゆる(感じとれる人)らしく「頭が痛い」、「何かいるみたい」と言い出したそうです。すると車内に吐き気を催すにおいがしてきて、もう2人の女の子がいきなり、まだ飲み物の入った袋に嘔吐し車内がパニック。どこか停車するところを探しているとハンドルが左右に大きくぶれだしたそうです。何とか付近のコンビニに停車し電話をかけているとのことでした。「すいません!すいません!」とがくがくとする膝でなんとか姿勢を保ちながら謝り続けました。「とりあえず、俺たちは女の子をタクシーで病院に連れて行くから。お前の車はここに置いとくぞ。」と不機嫌な声。切る間際に何とか詳しい場所を聞き、今きたばかりのアイスコーヒーを喉に流し込みその場所に急ぎました。私の心の中は「なぜ?」と「(先輩達に)申し訳ない」という気持ちで完全にいっぱいでした。
コンビニに到着すると、先輩の一人が車の側でタバコを吸っていました。車を降り、また「すいません。」と謝りながら近づきました。先輩は深く吸い込んだタバコの煙を吐きながら「何なんだ?この車?」と憔悴したような声で言いました。私は、以前にもそういう現象があったことと、最近は全くなかった為大丈夫だろうという思いでお貸ししたことを説明しました。「もういいよ。デートは台無しだけど、幸い女の子達も軽い症状らしいから。」そう言って私の車のキーを差し出しました。「また月曜日に会社でな」そう言うと、私から先輩の車のキーをもぎ取り猛スピードでコンビニから出て行きました。
駐車場に残された私は、自分の車を怒りと恐れの気持ちで眺めていました。「先輩に迷惑をかけた」という怒りと、「何かいるみたい」という言葉への恐れ。しかしこのときは怒りの気持ちが勝り、ドアロックを解くと勢いよくドアを開けました。車内はまだ少し女の子の吐しゃ物のにおいが残っていましたが、この日のために買った芳香剤がかすかに香っているだけでした。エンジンを駆け自宅方面へ車を走らせましたが、ハンドルもいたって正常で、先輩の車よりも運転しやすい感じがしました。「明日聞くしかないな」独り言をつぶやき帰路につきました。
薄曇の天気の中、中古車屋さんの整備スペースで車を降り、電話していた者ですけどと伝えると、すぐに店長さんが姿を現しました。「何か気になることはありましたか」と尋ねてきたので、納車時に私が体験した件と、先日先輩達が体験した件を説明しました。すると店長さんが「今はなんともないですか?」と。うなずく私を見て「やっぱり」とうれしそうに答えました。「お茶でも飲みませんか。どうぞ事務所まで。」そう言いながら整備スペース横の事務所のドアを開けて促しました。
前オーナーの後に、つまり私がこの車を購入する前に、数人の購入希望者がいたそうです。いずれも納車の日もしくは、翌日に契約を取りやめたいと申し出てきたそうです。理由は一様にして「におい」、「運転できない」ということだったそうです。実際店長もこの車を引き取った際にその現象に見舞われたことがあるそうで、引き取った手前、何とか売り物にしなければと思い、隅々まで車を整備し、においの原因となるものを調べたが、一向に判らなかったと。そうこうしているうちに、その現象は店長が乗っているときは全く起こらなくなったということでした。「この車は、子供みたいに時折だだをこねるんです」という店長の言葉を聞いて私は「子供」というフレーズにドキッとしました。その表情を見て店長は「いるでしょ。子供に好かれる大人と、そうでない大人が」「だからあなたなら大丈夫と言ったんですよ」にわかには信じがたい言葉が次々に出てきて、脳がめまぐるしく回転し理解しようとしていました。「子供って、もしかして2人?」という私の問いにゆっくりとうなずく店長。
「おそらく前オーナーのお子さん達です。」
「亡くなったんですか?」
「はい。」
「どうして」
「分かりません」
「どうして前オーナーのお子さんだと?」
「あなたも見たんでしょう。写真で確認しました」
現実的でない話が、以前私が見た夢や体験によって現実味を帯びていきました。
「私はこれからどうすればいいんですか」
「あなたは気に入られてますから、何も心配いりません。今までも普段は何もなかったでしょう。最初は子供は人見知りするものです。むしろこれからは2人に守られると思いますよ。」
事務所のドアが開き、整備が終わったことを店長の息子らしい整備士が伝えに入ってきた。「何も異常はありませんでした。オイルだけ交換しときましたから」と額の汗をつなぎの袖で拭いながら言った。「もう少し乗っていただけませんか。」と店長が続ける。「私は今までそういった類の話に縁がなく自信がありません。」というと、「あなたは大丈夫。一ヶ月もこの車に乗っているんですから。他の方は・・・・・・」と言うと預けた車のキーを私に差し出してきた。私は「何でこんないわく付の車に乗らなければならないのか」という気持ちより「この子供達がなぜ亡くなり、この車に以前として思いを残しているのか」を知りたいという気持ちの方が強くなってきました。ふーと息を吐き出し「分かりました」とキーを受け取り「何かあったら連絡します。」とだけ言い残し車を出しました。
それから数週間は何事もなく、むしろ快適に運転は続けていました。会社内では「う○こ車」(おそらくにおいのせいだと思います)と先輩達からはからかわれましたが、業務に追われ、次第に車の話題すらでなくなっていきました。私も「この車のことを知りたい」と思っても調べる手段を持ち合わせておらず、唯一分かったことは子供向けの音楽CDはちゃんと聴けるということでした。これは、当時の私の彼女が保母さんの仕事をしており、彼女の仕事道具から拝借して試しに再生してみて分かったことです。一連の話を聞いて知っている彼女は「やっぱり子供はユニコーンより童謡を聴きたいんだよ」と笑っていました。
事の真相を知るのは、それから約半年後のことでした。通勤時には車に乗るときに「おはよう」、運転中は童謡を再生し、耳にイヤホンで別の音楽を聴き、帰宅時は「また明日な」と言って車から降りることが日課となっていました。そんなある日、仕事が予定より早く終わり、夜に彼女と食事の約束をしていたため4時間ほどぽっかり時間が空いてしまいました。「ベルセルク」も「エアマスター」も最新刊まで読み終えてしまっていた私は、大学時代に少しかじっていたパチスロで時間を潰そうと思いました。何年かぶりにパチンコ屋に入店すると、大学生時代には見たこともなかった最新の台がずらりと並んでいました。知識もない私は適当に台を選び、隣の人の挙動を見ながらプレイしていました。ビギナーズラックとはよく言ったもので、よくわからないうちに台が騒がしくなり、コインがあれよあれよという間に増えてきました。異変が起きたのは1時間ほどプレイした頃でしょうか。店内放送が騒がしい台の音の合間に聞こえてきました。「お車のナンバー○○○○の客様、至急お車のところにお越しください」しばらく自分の車のナンバーとは気づかずプレイしていました。2度目の放送が店内を駆け巡ったときにやっと気がつき、駐車場に小走りで出て行くと、私の車の周りに店員が数名とやじうまが十数人集まっていました。「どうしました」と尋ねると、主任と書かれた名札をさげた店員の一人が頭を下げながら「こちらです」と私からは見えない車の反対側の方を指差しました。反対側に回り込んでみると、窓がぐしゃぐしゃに割られ、その破片が駐車場に散乱していました。あまりの状況に呆けていると店員が、「駐車場の清掃をしていた係りのものが発見しました」と説明してくれ、警察を呼んだことを伝えてくれました。警察を待つ間に、車内で盗られたものがないか確認しましたが、会社に普段持っていくバッグもそのままの状態でした。このとき車内で、若干の違和感を感じましたが、その違和感が何なのかはそのときは分かりませんでした。パトカーが駐車場に入ってきて、やじうまの数がさらに増えました。一通り車の検分をすませると警官の一人が「あなたが車の持ち主?」「じゃあ、事情をきくからパトカーの後ろに乗って」と促されました。今見に来たやじうま達は「あいつなんかやったのか」とひそひそ話をしていました。
「何か盗られた物はなかった?」
「ありません」
「この店にはよく来るの?」
「いえ、はじめてです。」
「店内で他のお客さんとトラブルはなかった?」
「ありません」
「鍵はかけてた?」
「はい」
と答えると、「うーん・・・・・・」と頭をひねる警官。次の一言で私の違和感の原因が分かりました。
「内側から割られているんだけど・・・・」
頭の中で車内を調べていたときの映像が流れました。確かにガラスの破片は車内に一つも落ちていませんでした。
「何か心当たりある?」と警官はまるで私を疑うかのように、動揺する私の顔を覗き込んできました。しかし私の動揺はそんなことができる存在に心当たりがあったからでした。
結局、警察は悪質ないたずらという見解で、「以後巡回を増やします」と言うと帰っていきました。
私の心の中で、いろいろなピースがカチッと音をたててはまりました。
「子供達」「夢の中の2人の会話」「なぜこの車に残っているのか」「駐車場での出来事」すべてが一本の線となったとき、私の目からは涙が止まりませんでした。亡くなった子供達への深い悲しみと同情、私がしてしまった事への申し訳なさで。
彼女との食事はあまり気が進まなかったのですが、どうしても話したいことがあるということで近くの洋食屋さんに行きました。この話によって私の推測は裏付けられました。彼女の担当する子供さんの母親が、私の車の前オーナーと知り合いだったらしく、その当時の話を聞かせてくれたそうです。やはり私の推測どおり子供達は車の中で亡くなっていました。両親は小さな子供達を車に残しパチンコに興じていたそうです。数時間もの間地獄のような暑さの中で親の帰りを待っていたそうです。窓には助けを呼びたかったのか、無数の叩いた痕が残っていたそうです。
レストランで私は周りを憚らず泣いてしまいました。その両親への怒りと、今なお車の中で両親を待ち続ける子供達の純粋さに。
帰り道、応急処置した窓のビニールをバタバタとさせながら、「ごめんな」とつぶやくと、「いいよ」とでも言うかのように車のハンドルがほんの少し左右にぶれました。
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