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中編

のんちゃん

匿名 2021年6月21日
怖い 118
怖くない 132
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高校三年生となった今も、ふとした瞬間に思い出すのです。 幼い頃に出会った彼女は、所謂友人なのでしょうか。 それとも、私が遭遇してしまった怪異なのでしょうか。 家の近くの団地に、春になるとシロツメクサが沢山咲く小さな公園があります。 昔、母は毎日のように幼い私をそこへ連れて行きました。 そうして、シロツメクサの指輪や花かんむりの作り方を教えてくれたのです。 ある日、私は一人の女の子と出会いました。 何故かその日だけは公園に少女以外誰もおらず、いつの間にか母の姿も消えていました。 私は不思議に思いながら、少女に顔を向けたのです。 クリクリと黒目の大きな子で、真っ黒な髪に、黒い長袖のワンピースを着ていました。 服の生地は薄めで春らしく、記憶の中の季節と一致しています。 私が先に「お母さん知らない?」と話掛けました。 正直なところ、少し不安だったのです。 「知らないよ。私と遊ぼうよ。」 鈴のなるような声でした。 少し人形じみた表情で、大きな黒目を爛々と輝かせています。 ちなみに、少女が瞬きをしていた記憶はありません。 会う度いつも目を見開いて、じっと私を見つめていました。 その時は少し迷いましたが、母が戻って来るまで暇つぶしになると考え、「良いよ。」と頷いたのです。 何をして遊んだかの記憶はうっすらとしかありませんが、一つだけ鮮明なことは、彼女にシロツメクサで指輪を作ってあげたことでした。 そして私が指輪を作っている間もやはり、彼女は大きな瞳で私を凝視していたのです。 彼女と出会った日以来、私たちは一緒に遊ぶようになりました。 しかし二人でいる時、周囲には必ず大人が居ません。 「のんちゃんって呼んで。」名前を尋ねるとそう言われたので、私は彼女をのんちゃんと呼びました。 そして不思議なことに、のんちゃんが帰ってしまった途端、母が不意に隣に現れ「帰ろう。」と私を呼ぶのでした。 私は帰った後に食卓で、家族にのんちゃんの話をしました。真っ黒で少し怖いこと。嫌いではないけれど、取り分け好きにもなれないこと。 母は不思議そうに聞いていて、話す度「今度会わせてね。」と言うのですが、結局それは叶わないままでした。 ある日、私は近所の親しい女の子にのんちゃんを知っているか聞きました。 その日のんちゃんの姿はなく、たまに公園に来ていたその子と遊んでいたのです。 「真っ黒なの?変なの。そんな子見たことないよ。」 見聞きしたことが無いと言われ、私は驚きました。 結構な頻度で公園に来ているその子が、ほぼ毎日私と遊んでいるはずの のんちゃんを知らないなんて、有り得ないのです。 その後他の子にも聞きましたが、誰ものんちゃんを知る人は居ませんでした。 薄々気づいていました。 のんちゃんは、他の子と違う。 生気が感じられない、とでも言いましょうか。 あの吸い込まれそうな程に黒々とした瞳は、何処か神秘的でもあり、触れてはいけない、踏み込んではいけない危うさを秘めている気がしたのです。 私以外誰ものんちゃんを知らないことがわかってから、私は少しのんちゃんに会うのが怖くなってしまいました。 しかし、その日以降のんちゃんは姿を見せなくなりました。 一方の私は恐れつつも、待っていたのです。 のんちゃんに、お別れを言っていませんでしたから。 のんちゃんに最後に会ったのは、1週間以上経ってからのことでした。 いつも通り公園に遊びに行くと、水飲み場の上に見慣れない黒猫が陣取っていました。 一目見た瞬間、その黒猫に吸い寄せられるように見入ってしまいます。 黒猫はとびきり黒々とした丸い目で、私を見つめました。 にゃあとも鳴かず、威嚇もせず、逃げもしません。 時を忘れて見つめ合うだけでした。 そうしてどれくらい経ったのでしょう。 黒猫は消えていました。 「ご飯だよ、帰ろう。」 迎えに来た母の声だけが聞こえます。 一瞬の事のような、永遠の事だったような気がしました。 化け猫なんて、もちろん信じていません。 幽霊を見たことは1度もありません。 怖い話は大好きですが、フィクションと割愛して楽しんでいる私です。 きっと夢だったのでしょう。 それでもたまに思い出すのです。 艶々とした黒髪や、黒々とした瞳で見つめられた時の恐ろしさ、そしてのんちゃんと過ごした数週間。 結んだ時にシロツメクサの茎が少し固かったことまでこと細やかに。 黒猫を見た時、分かりました。 あの子はのんちゃんだったのです。 そうに違いないのです。 バス停に向かう途中、高校の友達にポツリと打ち明けた話です。 私の人生の中で、たった一つの不思議な体験です。 のんちゃん。 大人になったら、大好きな猫を飼おうと考えています。

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