
これは私が古びた書店で働いていた頃の話だ。書店には「新刊応援」という制度があり、特定の新刊が出ると、他店のスタッフが集まってその本を陳列したり、接客の訓練を行うことになっていた。開店から数日の間は、私たちがその店舗のスタッフとして働くのだ。
ある日、私は新刊の発売に備えて呼ばれた。その日は特に寒い冬の夜で、外は静まり返っていた。普段の仕事を終え、夜遅くまで新刊の準備をしていると、ようやくすべての陳列が終わった。スタッフ全員が集まって、明日への士気を高め合っていた時、突然、店内のアナウンスが鳴り響いた。
「お客様がいらっしゃいます。」
その声に私たちは凍りついた。だって、今は閉店後で一人も客がいるはずがないのだから。みんなが身を固くして耳をすますと、再びアナウンスが流れた。「新刊をお求めの方、お待ちしております。」
これには流石に恐怖を感じた店長が、私と共に店内を見回ることにした。倉庫には他のスタッフが残っている。私たちが店内を調べていると、どこにも人の気配はない。冷たい冬の空気が店内を包む中、ただただ不安が募る。
誤作動だろうと話し合ってみたが、そもそもそのアナウンスは誰かがボタンを押さない限り流れないものだ。店長も私も、恐ろしい思いでその場を後にし、倉庫に戻った。
その後、私たちが話し合ったのは、この店に誰かが待っているのではないかということだった。誰もいなかったはずの店内で、待ち続ける声が響いていたのだ。結局、その夜は霧の中に消えたような不気味さを抱えたまま、私たちは帰ることになった。だが、次の日、店を開けると、すべての新刊が一冊だけ、無造作に床に転がっていたのだ。あの声は、誰のものだったのだろうか? その本には、何か特別な意味が隠されているような気がした。私たちは、また何かを待っているのだろうか。 その答えは、今も見つからない。
全員がその日から不安を抱えて働くことになり、閉店後の静まり返った書店は、ただの書店ではなくなってしまった。
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