
中編
古いアパート
匿名 2015年2月5日
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私が小学校3年生の頃の話です。
当時、古い町営住宅に両親と3人で暮らしていました。
一人っ子の私は、自分だけの部屋と、二段ベッドまで持たせて貰っていました。
当時で築何十年も経ったアパートの一室ですので、天井は低めです。
二段ベッドを置くと、上段は子供の私が座っても頭が擦れそうな程、ギリギリのスペースしかありませんでした。
しかし、その圧迫感が妙に安心できた為、上段でばかり眠っていました。
ある夏の夜のことです。
熱帯夜である上に、クーラーも無い鉄骨アパートの一室は、蒸し風呂状態です。
幼い知恵を働かせ、二段ベッド真横のベランダの大きな窓を開けて、延長コードを使いベッドの枕元に扇風機を設置して、作動させたまま休むことにしました。
強引な方法ではありましたが結構快適で、そのまま眠ってしまいました。
蒸し暑さで目を覚ましました。
腹這いで寝る癖のある私は顔を起こし、扇風機の隣に置いてある目覚まし時計を確認しました。
まだ、深夜2時前です。
その蒸し暑さの原因は、扇風機が止まってしまっていた為でしょう。
寝相で停止ボタンを押してしまったようです。
自分の寝相を恨みながら、扇風機の作動ボタンに手を伸ばしたその時――
『ボスン』
腹這いで寝る私の足の間に、重量のある何かが落ちて来ました。
正確には、誰かが入って来ました。
何故かその時私は直感で、
「男の人が膝を着いた」
と感じたのを覚えています。
全身から吹き出る汗。恐怖。危機感。
喧しく、ドクンドクンと自分の心音が聞こえます。
咄嗟に私は動きを止め、息を潜めました。
目を閉じてはいけないと思い、瞬き以外は見開いていました。
ずっと存在する重量感と、何者かの気配。
どれだけ時間が経ったでしょうか。
きっかけなど無く、足の間の重量感が、ゆっくりと消えて行きました。
それに安堵した私は、いつの間にか眠ってしまい、気付けば朝になっていました。
冷静な頭で昨夜の事を思い出します。
「誰かが入って来た。変なおじさんかも、窓空いてたから入って来たのかも。
…ううん、あり得ない。私の寝ているところ、大人の座高で膝を付けないんだ。」
ぐったりとしながらベッドから下りると、再び高鳴る心臓に胸を押さえながら、居間に行きました。
父親は既に仕事に行って居り、母親が朝食の準備をしていました。
私は意を決して、昨夜の事を話しました。
母親は、黙って私の話に耳を傾けてくれました。
話しているうちに、胸のドキドキが治まって行きました。
話し終えると、母親は「うーん」と長めに相槌を打った後、
「…あんたのとこにも行ったのか」
と、何かを悟ったように言いました。
母親曰く、決まって父親が夜勤で居ない晩に、過去数回、恐らく同じ何者かが足の間に入って来たと言うのです。
「その他は何もしないしね。びっくりしただろうけど、あまり深く考えないで。気にしない事ね。」
私と違って平然としている母が、不思議でなりませんでした。
何者かが私の前に現れたのは、それが最初で最後でした。
それから1年も経たず、別の理由でアパートを引っ越しました。
「一種の色情霊、ってやつだったのかもね」
数年前、母と当時の体験について思い出話をしていた際に、大人になった私に、そう言ったのを覚えています。
そして母は、幼い頃から何度も心霊体験をしていた事も、その時初めて打ち明けてくれました。
現在の住処は、そのアパートからそう遠くはありません。
今でもたまに側を通ります。
当時から20年近く経ってはいますが、壁を塗り替えたようで外見上は綺麗になって居り、私が住んでいた部屋にも住人が居るようです。
その住人は、私の味わった恐怖を体感していないことを望みます。
「あのアパートは本当に色んな現象が起こったわ。足の間に入って来た人はびっくりだったねー。…今でもたまに来るけど」
そう言って母は、笑っています。
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