
幼少期、団地に住んでいた頃。当時、父母・私の三人家族だった。
しかし、いつの間にか父方の祖母が一緒に住むようになっていた。
私は祖母が大好きだったので、単に祖母と暮らせて嬉しいという感覚しかなかったのだが、この頃から母の様子が段々とおかしくなっていた。
祖母が住むようになってから父の留守が増え、私は母よりも祖母と過ごすことが多くなり、会話も祖母とする方が多かった。
夜も祖母と眠り、ご飯も祖母と二人。
母はというと、朝からベランダに出て外をじっと眺めていたり、私が幼稚園から帰ってくる頃には、団地の敷地内を見渡すように歩き回っていた。
とある日、久々に幼稚園の迎えに来た母に、母の日に合わせて作ったペーパーフラワーのカーネーションと似顔絵を渡すと、とても複雑な表情をしてぎこちなく笑った。
「ありがとうね」そう言って受け取ってくれたが、その後に「あんたが男の子だったら…」と小さく呟いたことを、私は聞き逃さなかった。
それがとても悲しくて、帰宅後すぐに祖母に話して大泣きした。
祖母は頭を撫でながら、「ごめんね」と繰り返し慰めてくれた。
それがまた子供心に辛く悲しくて、「おばあちゃんが悪いんじゃないよ!私が女の子だからお母さん嫌なんだよ!」と更に大泣きした。
そんな私を見て、母は歯を食いしばるように口をギリギリと動かしながら立っていた。
その顔がとても恐ろしかったのだが、泣いているようにも見えた。
私が男の子だったら、もっと母と一緒にいられたのだろうか。沢山お喋りができたのだろうか。似顔絵も喜んでくれたのだろうか。
祖母が来る以前は、そんな考えなど頭に浮かばないほど母と楽しく過ごしていたように思っていたが、幼かった私は悲しみのあまり混乱から抜け出せずにいた。
その夜、トイレに起きた私は、ぼんやりと明かりのついた台所が無性に気になって、磨りガラスの引き戸に手をかけた。
ボソボソと聞こえる母の声。
何を言っているのか聞き取れず、ほんの少し引き戸を開け耳を澄ますと、「許さない… 許さない… 」と呟いているのがわかった。
そっと覗くと、両肘をテーブルにつけ頭を抱えている母が見えた。
昼間の件を引きずっていた私は、「私が女の子だから許さないのかな」とまた泣きそうになったが、発する言葉とは裏腹に、悲しそうな声色で呟く母から目が離せなかった。
しばらくすると母はすっと顔を上げ、真っ直ぐ前を見つめたまま動かなくなった。
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