
私の小学校には、「赤いちゃんちゃんこ」の噂があった。
北校舎の三階、女子トイレの一番奥。そこに入っていると、上から小さな声がする。
「赤いちゃんちゃんこ、着せましょうか」
その問いかけに「はい」と答えると、背中いっぱいに赤い血が広がって、まるでちゃんちゃんこを着たように見える。
「いいえ」と答えると、首のまわりだけが赤くなる。
だから、その声が聞こえたら絶対に返事をしてはいけない。そう教えられていた。
噂なんて、どこの学校にもある。私たちも最初は面白がっていた。放課後、友達と三人で北校舎のトイレまで行って、扉の前で「いるー?」なんて笑いながら声をかけた。
もちろん、何も起きなかった。
拍子抜けして帰ろうとしたとき、友達の美咲が言った。
「じゃあ、私、入ってみる」
一番奥の個室に入ると、美咲はわざとらしく咳払いをして、内側から鍵をかけた。
「ねえ、聞こえる?」
「聞こえなーい」と私たちは笑った。
その直後だった。
個室の中で、美咲が黙った。
「美咲?」
返事がない。
ふざけているのだと思って、私が扉をノックした。
「ねえ、もう出てきなよ」
すると、中から小さな声がした。
「……上から」
その声は震えていた。
「上から、聞こえる」
私たちは笑えなくなった。
次の瞬間、個室の中で、知らない声がした。
「赤いちゃんちゃんこ、着せましょうか」
それは子どもの声にも、おばあさんの声にも聞こえた。高いのに、ひどくかすれていた。
私はとっさに叫んだ。
「答えちゃだめ!」
でも、美咲はパニックになっていた。
「いや、いや、いらない!」
その瞬間、ドン、と内側から何かが扉にぶつかった。
鍵が外れ、扉が少しだけ開いた。
中にいた美咲は、床に座り込んでいた。泣きながら首を押さえている。血は出ていなかった。ただ、首のまわりに、赤い手形のような跡がくっきり残っていた。
私たちは先生を呼んだ。
美咲は保健室に運ばれたけれど、跡は夕方には消えた。先生たちは「首を掻きむしっただけ」と言った。でも、私たちは見ていた。あれは自分でつけられる跡ではなかった。指が、六本あったから。
その日から、美咲は学校に来なくなった。
何週間かして転校したと聞いた。理由は知らない。
でも、最後に一度だけ、美咲から電話があった。
夜遅く、家の電話が鳴って、出ると美咲だった。
「ねえ、まだ覚えてる?」
声が遠かった。まるでトイレの個室の中から話しているみたいに、こもっていた。
「何を?」
「赤いちゃんちゃんこ」
私は何も言えなかった。
後日談:
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