
中編
美容室のマネキン
匿名 2016年8月22日
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僕は美容師になる為に東京に来た。美容室に良くある首までのマネキンを使って家でもカットの練習をしている。練習をすると言っても、僕はまだ新人で美容師の見習いの為、美容室の掃除や接客、どんな髪型にしたいかを尋ねて先輩に伝えたり、席までの案内、お客様の洗髪などしか主に任されていなかった。
「お客様の希望に沿って、どんな髪型が似合うかを考えながら丁寧にカット出来る美容師になりたいです。よろしくお願いします!」初仕事の1日目はミーティングの時間帯の自己紹介でこんな事を話した気がする。その日から僕はカットの技術をもっと磨きたくて、美容室からマネキンをもらって髪を切る練習を始めたんだ。
少しずつ職場に慣れてきて、仕事を終えた僕は深夜にマネキンを使ってカットの練習をしていた。いつも通り床に新聞紙を敷いてマネキンを10個ほど顔を違う方向に向けてテーブルに並べる。それだけでも少し気味が悪く、練習中は違う方向を向いた全てのマネキンがこっちを見ているような気がしたが、あまり気にしなかった。カットの練習が終わるとマネキンは段ボールに入れて机の下に置いておく。
次の日の朝、机の下にあるマネキンが段ボールから床に1つ転がり落ちていた。それは昨日僕がカットしたマネキンだった。片付けた時にマネキンの重ね方が悪かったのだと特に気にせず、マネキンをテーブルに置いて仕事に向かった。夜の20時頃、新人の僕の事も気に掛けてくれる先輩と話しながら美容室を閉めて、途中でコンビニに寄って、おにぎりとお茶を買って帰宅した。
部屋に入り、テレビをつけながらご飯を食べていた。朝、テーブルに置いておいたはずのマネキンがないことに気付く。あれ、仕事に行く時、段ボールに積んで行ったのかな?少し気味が悪くなったので、その日は練習もせず早めに寝る事にした。
夜中、女の話し声で目が覚めた。「ねぇ、次は私でしょ?...」「いや、私よ...」...なんだ?隣の家か?部屋の電気をつけると段ボールに入っていたはずのマネキンたちがテーブルに並べられていた。並べられたマネキンの全ての顔が僕を見ている。「ひっ...!」震える手で携帯のアドレス帳を開き、美容室の先輩に電話をかけた。携帯に表示されていた時間は深夜2時ぴったりだった気がする。
なんでマネキンがテーブルに...?頼む、先輩出てください... 「んー。どうした?」眠そうな声で先輩が出てくれた。マネキンが僕をじっと見ている。そして、全てのマネキンと目が合っている。何が起きているのか分からなかった。
「せ、先輩...マネキンが...!」「マネキン?美容室からお前が持ち帰ってたマネキンか?」その瞬間、僕をじっと見ていた全ての顔の口がニヤリと笑った気がした。「わぁーーーー!!」「もしもし?どうしたんだよー?」先輩と電話を繋げたまま僕は気を失い、次に目が覚めた時は朝になっていた。
目が覚めるとテーブルに並べられたマネキンは段ボールの中に入っていて、夢かとも思ったが、マネキンたちの目が怖くて仕方なかったので段ボールごと捨てて仕事に向かった。職場でも目にするマネキンたちにため息が出たが仕事に支障が出ないよう集中した。
お昼の休憩時間に先輩が声を掛けてくれた。「お前、深夜の電話どうしたんだよー」「夜中に電話してすいません、僕の持ち帰ったマネキンが段ボールに入ってたはずなのにテーブルに並んでて僕の事見てたんです」「まじかよ。じゃあ美容室、マネキンいっぱいあるけど怖いだろ?」「怖いですよ。」「まぁ、その事ばっか気にしてたら仕事務まらないからな。集中。」
その日の夜、先輩は行きつけだと言う落ち着く雰囲気のお店で、僕にご飯をご馳走してくれた。イタリア系のお店だったが、先輩が注文する料理は全て美味しかった。誰かと一緒に食事をするのは久しぶりだったので感慨もひとしおだった。
それから僕はやっと一人前の美容師になる事が出来た。お客様の希望に沿って一人一人に合った髪形を考えながらカットする事をモットーに、僕は日々頑張っている。怖いながらもあの時のマネキンで髪を切る練習をした日々が懐かしい。怒られてしまう事もあるが、時に厳しく優しい先輩のおかげで、なんとかやっていけてる。
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