
中間テストが終わり、秋の深まりとともに一気に日が落ちるのが早くなってきた、10月下旬の放課後のことだ。
私は忘れ物を確認するために、すでに17時前を過ぎて辺りが完全に薄暗くなった、旧校舎4階の地学室を一人で訪れた。
誰もいない静まり返った室内には、窓の外から沈みかけの真っ赤な西日が低く差し込み、不気味なほど長い影を床に落としていた。
部屋のドアを閉め、机の間を通り抜けようとした、まさにその瞬間だった。
キィキィキィキィッ!!!
部屋の中央の教卓に置かれていた、古い真鍮製の「天球儀」が、耳を突き刺すような甲高い金属音を立てて突然勝手に高速逆回転を始めたのだ。
驚愕して足を止めた瞬間、天球儀の狂ったような回転に連動して、部屋の床や壁に差し込んでいた斜めの夕日の影が、ぐにゃぐにゃと生き物のように歪み始めた。
影はまたたく間に星図に描かれた「大熊」や「蠍」のような不気味な怪物の輪郭へと変貌し、壁の平面から立体的な黒い塊となってぬっと這い出してきた。
その無数の影の怪物たちが、黒い爪を伸ばして一斉に私の首を絞め上げようと襲いかかってきたのだ。それと同時に、室内の酸素が急激に奪われ、宇宙の真空に放り出されたかのような凄まじい窒息感と胸の圧迫感に襲われ、私はその場に膝をついて激しく咽び込んだ。
これまで数々の異常事態を潜り抜けてきた経験から、脳裏に最悪のルールが弾け飛んだ。
首を絞められる激痛と息苦しさに負けて背を向け、地学室のドアへと向かって走り出しては絶対にダメだ。
もし影の怪物に背後を見せれば、その瞬間に影の中に完全に取り込まれ、肉体を星の塵のように粉砕されて即死する。
天体の狂った運行に巻き込まれ、窒息死する前にこの空間の歪みを相殺する、唯一の脱出ルール。
それは、【自分の腕に着けている『腕時計』の文字盤をその天球儀の球体に直接ピタリと押し当て、リューズ(ネジ)をカチッと引き出して時計の針を物理的に止めながら、『俺の時間は地球の上にある』と強く念じる】ことだけだった。
現実の地上の正しい時間を刻む機械を怪異の核に突き立て、時間の流れを強制的に停止させることで、世界の認識を現実へと引き戻すししか選択肢はなかった。
(俺の時間は……地球の上にある……ッ!!)
私は迫り来る黒い影の爪を必死に手で払いながら、窒息しかける意識の中で左腕の腕時計へと手を伸ばした。
後日談:
- 私は冷や汗で全身を濡らしたまま、静まり返った地学室で自分の腕時計を握りしめて立ち尽くしていた。 目の前の天球儀は、何事もなかったかのように埃を被ったただの古い理科の備品として静かに佇んでいるだけだった。 【秋の急激な日没の歪みを利用し、天体模型を媒介にして部屋全体の『光と影』の法則を書き換え、生存者を空間ごと圧殺しようとする、極めて壮大で理不尽な呪い】だった。 だけど、あれは絶対にただの夕方の酸欠や錯覚なんかじゃない。 あの学校の怪談は、日が短くなっていく秋の夕暮れの日常を狙って、部屋の影そのものを最悪の捕食者に変えて、私を抹殺するための怪談を仕掛けた。 次は11月だ。
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