
俺がその話を聞いたのは、大学病院で臨床試験のバイトをしていた友人からだった。
「プラセボ効果なんて、要するに思い込みだろ?」
そう笑った俺に、あいつは妙に真顔で言った。
「いや。あれは“思い込み”じゃない。
引き金だ」
その病院では、新薬の二重盲検試験が行われていた。被験者にも医師にも、本物か偽物かは知らされない。
偽薬を飲んだグループの三割以上に症状の改善が見られた。そこまでは教科書通りだ。
問題はその後だった。
試験終了後、「あなたが飲んでいたのは偽物です」と伝えた数日後、改善していたはずの症状が一斉にぶり返したという。
「それだけじゃない。偽物だと告げた瞬間、心電図が変わったやつがいる」
ただの説明で、波形が変わるか?
「変わる。しかもな、本物の薬を急に止めたみたいな離脱反応が出た」
そこから先は論文化されなかった。データは封印されたままだという。
海外の研究では、偽の鎮痛剤で脳内エンドルフィンが分泌され、ナロキソンで打ち消される実験がある。嘘の薬でも、脳は本物と同じ反応を起こす。
「ある被験者がな、医者にこう聞いたんだ。
“先生、この薬、効きますよね?”って」
医師は笑って答えた。
「ええ、きっと効きますよ」
その一言で、血圧、炎症マーカー、痛覚閾値が動いた。統計的に有意な差。
「信頼が引き金になる」
逆もある。
否定的な説明を受けたグループでは、副作用が跳ね上がった。偽薬なのに吐き気や頭痛が出る。
ノセボ効果。
「俺はな、あれは副作用じゃなくて、命令だと思ってる」
命令?
「脳が自分に言ってる。“症状を出せ”って」
その夜、帰宅してからもその言葉が離れなかった。
冗談半分で、試してみた。
手首に指を当てて、「心拍が上がる」と三回、声に出した。
最初は何も起きない。だが、しばらくして鼓動が早まるのを感じた。
偶然だと思った。
次は「落ち着く」と言ってみた。数分後、拍はゆっくりになった。
思い込みだ。そう言い聞かせた。
翌週、健康診断があった。
血圧はやや高め。医師は軽く言った。
「ストレスですね。続くとよくないですよ」
その帰り道から、胸の奥に違和感が出た。
軽い圧迫感。息苦しさ。
帰宅して血圧計を巻く。
数値はさらに高い。
「続くとよくないですよ」
あの声が、頭の中で繰り返される。
その夜、動悸が止まらなくなった。救急外来へ行くと、医師はカルテを見て首を傾げた。
「異常はありませんよ」
モニターの心拍は正常域。血液検査も問題なし。
だが俺の身体は、明らかに何かに従っている。
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