
長編
犬のおばさん
匿名 2021年11月4日
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これは私が小学生の頃に実際に体験した話です。
もう20年以上前の出来事なので
実際に起きた事と若干違って記憶されている部分もあるかもしれませんが
自分の記憶と周りから聞いた話を頼りに書いていきます。
私も一応、この話の一部体験者ではあるのですが
どちらかというと主な体験者は祖母になります。
祖母はもう亡くなってしまいましたが、祖母が怖がる、という理由から
ずっと我が家では禁句となってきた話です。
当時私は両親、兄、母方の祖母と5人暮らしで、祖母は家の近所で小さな婦人服屋を営んでいました。
少々寂れた商店街にあるような雰囲気のお店で、内装も特にお洒落な感じではなかったのですが
祖母はいつも楽しそうにお店に立っていました。
高齢に差し掛かってからは販売する商品もすっかりシニア向けとなり、
お客さんも、ご近所さんが祖母とのおしゃべり目的に遊びに来る事がほとんどでした。
あれは私が小学校3年生の頃です。
小学校低学年の頃から学校帰りはしょっちゅう祖母の店へ立ち寄ってから家へ帰っていたのですが、
いつものように店へ寄ると、とある変なお客さんがいたのです。
確実に当時65歳以上だったそのお客さんは
フリルたっぷりな花柄の洋服を着ていて、
くっきりとした大きな目は黒いアイライナーと艶やかなアイシャドウで囲われていて、
より一層大きく見えるよう強調されていました。
「こわい顔のおばあさんがフリフリな服を着ている」という
普段見ることのない光景に、小学生の私はかなりの不気味さを覚えました。
その風貌に加えて、お客さんは手前で押すタイプの荷物入れカートを持ち歩いていたのですが、
そのカートの中には手作り風の洋服を着せられた大きさ50センチほどの犬のぬいぐるみが大切そうに入れられていました。
大人なのになぜ犬のぬいぐるみを持ち歩いているのかよくわからず、
でもなんだか聞いてはいけない気がして、その日は挨拶だけして速攻帰宅しました。
そのお客さんと初めて遭遇してから間もなくして
母も店へ立ち寄った際に出くわしたそうでした。
今思い返すと失礼な話ですが、その日の夕飯時に母が
「近所に変わった人が住んでいるのよ!知ってた?びっくりしたよー」
と、まだ遭遇していなかった父と兄に話し出しました。
そこへ私も便乗して、お客さんの風貌をふざけて説明しながら盛り上がっていました。
祖母は「確かに変わっているけど、悪い人じゃないわよ」と
母と私がふざけているのをむしろ嗜めようとして、
あまりそのお客さんについては話そうとしませんでした。
それからというもの、
我が家ではそのお客さんを「犬のおばさん」と呼ぶようになりました。
犬のおばさんは、多い時でほぼ毎日のように集中的に祖母の店へ立ち寄って
店内に置いてあった椅子に腰かけて2-3時間色々な話をしては帰っていきました。
話の内容はお客さんの話だから、と教えてもらえませんでしたが
「他のお客さんの迷惑になってしまっている」と、
たまに祖母が母に愚痴をこぼすように話していました。
「ご飯の時間だ」と言って犬用の缶詰を取り出し
ぬいぐるみに食べさせようとするなど、その他にも奇怪な行動をする事があって
他のお客さんが怖がってしまったことがあったようでした。
でも、気前よく商品を買ってくれるし、実害もないのに無碍にするわけにもいかず
そのまま犬のおばさんは祖母のお店の常連客となり、ご贔屓頂く形となりました。
衝撃だった初めての遭遇から数年が経ち、
犬のおばさんは相変わらず祖母の店へ足を運んでくれていました。
祖母含め家族一同、その存在にすっかり慣れてしまって
私も出くわしたら普通に挨拶して少し会話するなど、
その頃には普通に接するようになっていました。
犬のおばさんに関して特に話題にあがる事もなく、
平穏な毎日を過ごしていたある日の夕方から夜にかけて
ちょっぴり不思議な事が起こったのです。
その日、父以外はもうみんな帰宅していて、母はみんなの夕飯の支度をしてくれていました。
冬だったので日が暮れるのが早く、父の為に玄関の外の電気をつけた直後にそれは起きました。
私は自分の部屋で漫画を読んでいて部屋のドアを半分くらい開けていたのですが
部屋の目の前にある廊下から大きなパチッ!と響くような音が急に鳴って
点けてあった廊下の電気の灯りが同時に2つ消えたのです。
私の部屋の隣が兄の部屋だったのですが、
ドアを閉め切っていた兄にもそのパチッ!という音が聞こえたようで
二人それぞれ部屋から顔を覗かせながら廊下の電気が切れたことを確認して、母を呼びました。
隣同士にある電球が2ついっぺんに切れたことから、
母は念の為にブレーカーに問題ないか確認をしていましたが、単に電球が切れただけでした。
でも私はあの響くようなパチッ!という音が耳に残っていて、なんとなく嫌な印象を受けたのです。
でも、まあ偶然ってあるだろうし、と特に何も言わずに電球を取り替える手伝いをしました。
電球を取り替えてから部屋へ戻ったのですが
それから少しして、それまで元気いっぱいだったのに私は急にひどい寒気がし始めて
身体が小刻みに震えだしたのです。
家の中にいるのに身体が急に震え出すなんて滅多にある事じゃないので
なんだか不思議だけどとにかく寒くて、どうにかしてもらおうとキッチンへ行って母に
「寒くて身体が震える」と前歯をガチガチさせながら話したところ
さっきまで元気だったのにどうしたんだと、熱を測ってくれました。
その時点で38.5度出ていて、母は「あらやだ」と、私を部屋へ連れて行き
毛布を重ねて湯たんぽを用意して寝かしつけてくれました。
私はそのまま翌朝までぐっすり眠ってしまったので、ここからは聞いた話となります。
普段よりも高めの熱が出ていた事もあり、母は心配だったようで
ちょくちょく私の部屋へ様子を見に来てくれたそうです。
夕飯を食べ終わってからまた様子を見に来た時に
私は寝言で「やだ、やだ」と言いながら顔を歪めうなされていたそうです。
その様子を見て大変不思議がった母は、祖母の部屋がある2階へ上がって行き
私が寝ながらブツブツと変な事を言っている、と祖母に話したところ
急に祖母が青ざめて慌てた様子で「もしかしたらあれが原因かも」と言い出したそうです。
何を言ってるのかさっぱり理解できなかった母は、
祖母に一体どういう事なのか聞いてみたんだそうです。
その日の昼間、犬のおばさんがいつものように店へ来たそうです。
普段ならすぐに椅子に腰かけて話し始めるのに、その日はなんだか急いでいる様子で
「数日旅へ出かけるから、その間この子を預かって欲しい」と半ば強引に
いつも大切に連れ歩いている犬のぬいぐるみと
ぬいぐるみ用のご飯やハンカチなどを託されたそうです。
押しの弱くて断れなかった祖母は嫌々ではありましたが、
「わかった」と伝えて営業スマイルで送り出したそうです。
いつもあんなに大切にしているぬいぐるみだから
そのまま店へ置いておくのもなんだか悪い気がして、家へ持ち帰ることに決めたらしいのですが
犬のおばさんに対して元々嫌悪感を抱いている母にぬいぐるみを預ったと話したら騒ぐだろうと思って、
家族の誰にも言わずこっそり持ち帰って、私の部屋の真上にある2階の仏壇がある和室に
ぬいぐるみと預かった品一式を置いたんだそうです。
母はその話を聞いて、
「旅って…どこへ行くのか言ってた?」
と聞いたのですが、
祖母は行き先は特に言われなかったので知らなかったそうです。
「数日で帰ってくるって言ってたから、きっとすぐ取りに来るよ」
と祖母は説明したそうなのですが、
母はなんだか気味が悪いから犬のぬいぐるみは今すぐお店に置いてきて欲しい。と、お願いしたそうです。
祖母はなんだか雰囲気がおかしいと感じつつ、怖くなってしまうからその事を完全に認めるのが嫌だったそうで
大げさだと母に言いながら不機嫌になったらしいのですが
母はそんな祖母を説き伏せて、ぬいぐるみをお店へ持って行くことにしたそうです。
2人で行くのはなんとなく怖いという理由から寝室でテレビを見ながらくつろいでいた父に事情を説明し
母の勢いに父と祖母が負けた形で3人でぬいぐるみをお店に置きに行きました。
祖母は、私の熱と電気が急に切れたのは確かに少し不思議だけど
いくらでも説明できる偶然だし冬に子供が熱を出すなんて普通の事だと、母へ少し怒っていました。
それからの数日間、母と祖母は少し気まずそうだったのをよく覚えています。
翌朝、私の熱はすっかり下がったのですが念の為翌日は学校を休んで病院へ行きました。
結果は特に問題なく、元気なのに休めてラッキーと喜んだ記憶があります。
それから数日後の昼間、いつも通り祖母がお店に立っていたところ
40代半ばくらいの男性がお店へ入ってきたそうです。
「こんな時間に、ましてや男性がうちの店へ入るなんて珍しいな」と思いながら
笑顔でそのお客さんに挨拶したところ、その男性は
「初めまして、○○(犬のおばさんの名字)の息子です」と、名乗り祖母へ軽くお辞儀しました。
祖母は、息子さんがたまたま店の前を通りかかったか、お母さんへのギフトを選びたいのかと思い
ちょうどいいからぬいぐるみも渡してしまおうと思って、
挨拶もそこそこにして預かっている犬のぬいぐるみをレジカウンター後ろから取り出したそうです。
ぬいぐるみを見た瞬間、息子さんは難しい顔をして祖母に静かに話し始めました。
「ありがとうございます。実は、悲しい知らせがありまして。
母が先日海へ入水自殺しまして。遺書も見つかり、
その遺書に犬のぬいぐるみは□□さんに預かってもらったと書いてあったので今日は
ぬいぐるみを取りに伺ったんです。この度はご迷惑をおかけしました。
いつも母によく接してくださりありがとうございました」
それを聞いた祖母は、口に出していなかった嫌な予感が大当たりしてしまった事に驚いて
何日に亡くなったのか聞くと、祖母にぬいぐるみを預けに来た日の夕方頃だという事でした。
祖母「葬儀はもう終わったのですか?お世話になったので参列させて頂ければと思いますが」
息子さん「ありがとうございます。明日の予定です。
でも葬儀は親族のみで行いますので、お気持ちだけ頂戴します。」
そんな会話の後、祖母は言った方が良いだろうと判断して
ぬいぐるみを家へ持ち帰ったところ、犬のおばさんが亡くなった時刻あたりに
不思議な事にぬいぐるみを置いた部屋の真下近くの廊下の電球が切れて
孫娘が原因不明の高熱を出してうなされたので
申し訳なかったがぬいぐるみはお店で保管させてもらったのだと伝えたそうです。
そして、まだ間に合うなら、ぬいぐるみも棺に入れてあげた方が良いと思うと話したそうです。
息子さんはそれを聞いてあまり驚く様子もなく、
「それはご家族の方々にも大変ご迷惑をかけてしまったようで申し訳ありませんでした。
普通ならそんな話を聞いたらぬいぐるみも一緒に火葬したそうした方がいいと思うかもしれませんが、
その話を伺って、母がいかにこのぬいぐるみを大切にしていたかがよくわかりました。
これからはぬいぐるみを母の形見として大切に保管していきます。」
そう言って、何度も頭を下げながら店を後にしそれから息子さんを見かける事は一度もなかったそうです。
たまにあのパチッ!という音を思い出しながら、
ぬいぐるみは今どうなっているかと考えます。
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