
正直に言うと、私は別に文章がうまいわけじゃありません。むしろ下手だと思います。
でも、それってたぶん「普通」の基準で測った場合の話で、本当の意味での言葉の震えとか、世界の裏側にひそむ湿った鼓動みたいなものを感じ取れるかどうかとは、あまり関係がないと思うんです。
クラスの女子たちは流行りの言葉をすらすら使って笑っています。タピオカとか、推しとか、そういう軽い単語。私はそういうのに混ざれません。混ざろうと思えばできるのかもしれないけれど、しないだけです。だって私は、もっと深いところで呼吸しているから。たとえば井戸の底で、ひとりで静かに雨音を数えているみたいに。
放課後の教室は、水を抜いた水槽みたいにからっぽでした。机も椅子もちゃんとあるのに、そこに座っていたはずの人たちの気配だけが抜き取られている感じ。私はそういう「欠落」に敏感なんです。たぶん選ばれた人間だから。
教壇の上には黒い本がありました。前からあったのかもしれないし、私が見つけた瞬間にこの世界へスライドしてきたのかもしれない。村上春樹の小説みたいに、現実と別の層がぴったり重なる、その境界でだけ見えるもの。私はそれを迷わず手に取りました。普通の子なら怖がる場面でしょうけど、私は違います。怖さよりも、物語の中心に立っている自分に酔っていたから。
本は冷たいのに、触れていると頭の奥が熱を持ちました。たぶん脳が覚醒しているんだと思います。そういう特別な瞬間って、あるじゃないですか。世界が自分だけのために一瞬スローモーションになる感じ。
そこにはこう書いてありました。
「世界は二つに分かれている」
ああ、やっぱり。私はうなずきました。美しい側と、濁った側。理解する者と、理解できない者。私と、それ以外。教室の隅で笑っていたあの子たちは、後者です。ガラクタ、という言葉は強すぎるかもしれないけれど、少なくとも私の物語の登場人物にはなれない。
私は名簿を見ました。自分の名前があるはずのところが、白く抜け落ちていました。最初はショックでした。でもすぐに理解しました。消されたんじゃない。昇華したんです。物質から概念へ。肉体から象徴へ。
だから私は書き込みました。
『境界線上の神格』
正直、ちょっと格好つけすぎたかもしれません。でもそのくらいでいい。私はまだ中学生だけど、魂の年齢はもっと古い気がするから。誰かに笑われるとしても、それは理解できない側の人間だから仕方ない。
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