
中編
記念写真
匿名 2025年6月28日
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これは去年の秋、私が実際に体験した話です。
当時、知人の紹介でとある結婚式のカメラ係を頼まれました。
本職ではないのですが、趣味でカメラを長くやっていて、それなりに評判もあったので、軽い気持ちで引き受けました。
式場は都心から少し離れた郊外の、丘の上に建つ小さな洋館でした。
古いチャペルと中庭、それにレストランが一体になった、アンティーク風の貸し切り会場です。
当日はよく晴れていて、風も穏やかで、ガーデンパーティーのような立食式の披露宴が開かれました。
私は一眼レフを片手に、出席者や料理、飾りつけなどを順に撮ってまわっていたのですが、夕方になる頃、少し時間ができたので、会場の裏手を散歩してみることにしたんです。
裏庭といっても、建物の影になる狭い通路と石垣、それに古びた木製のベンチがあるくらいで、特に何かがある場所ではありませんでした。
でも、そこに──ひとりの女性が立っていたんです。
背中をこちらに向けていて、グレーがかったワンピース姿。
髪は肩にかかるくらいの長さで、ゆるく巻いていました。
式の参加者にしてはちょっと印象が違っていて、誰なのかはわかりませんでした。
でも、その佇まいがなんとなく絵になる感じで、私はふとカメラを向けました。
そのとき使っていたのは、持ち歩いていたモノクロのフィルムカメラでした。
結婚式の華やかな色彩とは別に、雰囲気のある写真も何枚か残したいと思って、趣味で持ってきていたんです。
私は数枚シャッターを切って、その場を離れました。
その後、披露宴が終わるまで特に変わったことはありませんでした。
数日後、現像をお願いしていた写真が出来上がりました。
モノクロのネガとプリント。
一枚ずつ確認していくと、チャペルや中庭、料理、花嫁のショットなど、どれもよく撮れていました。
でも──あの裏手で撮った写真だけが、妙だったんです。
その女性が立っていたはずの場所に、何も写っていない。
石垣、ベンチ、通路、木陰──すべて綺麗に写っているのに、人の姿だけが、まったく見当たらない。
ピントの問題かとも思いましたが、背景はどれもシャープに写っているし、他の写真と同じ露出設定だったので、そういうミスではなさそうでした。
私は、一応その場にいた式場スタッフや、新郎新婦にも確認してみました。
でも、その時間帯に裏庭に出ていた女性は誰もいないということでした。
その時点で、ようやく私は気味の悪さを感じました。
けれど、それだけでは終わらなかったんです。
それから数週間後──
私は妙な夢を何度も見るようになりました。
夢の中で、私はなぜかカメラを構えていて、あの裏手の通路をのぞいているんです。
そこには、やはりあの後ろ姿の女性が立っている。
彼女は、毎回少しずつこちらに向かって振り返ろうとしている。
最初の夢ではほとんど動かなかったのに、2回目、3回目と、だんだんと肩がこちらに向き、髪の隙間から、顔が見えそうになる。
でも、目が覚める。
毎回、そこまでです。
ただ、その振り返り方が本当に“リアル”なんです。
夢だとわかっていても、汗をかくほど緊張する。
最初は偶然かと思いましたが、5回、6回と続くうちに、これはおかしいと感じるようになりました。
そうしているうちに、また別のことに気がつきました。
──あのフィルム。
そのモノクロ写真のプリントだけ、なぜか湿っていたんです。
他の写真はカラッとしているのに、あのコマだけ、ふちが微妙に波打っていて、紙も少しだけ冷たいような感触があった。
保存していた引き出しの中まで、じんわりと湿っていた気がします。
どうしても気味が悪くなって、私はそのプリントだけ捨てようとしました。
でも、手が止まった。
なんというか……
捨てたら、本当に振り返られてしまう気がしたんです。
結局、その写真は今も部屋の奥にしまったままです。
夢は、まだときどき見ます。
そして今日も、彼女は少しだけ、前を向こうとしていました。
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