
長編
自殺者の心理
しもやん 3日前
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ことを選んだらしい。
スマートフォンで現在位置を再確認し、東へ伸びる尾根を下れそうだとあたりをつけた。それからは早かった。宵闇の完全バリルートだったにもかかわらず、いっさい尾根芯を外すことなくトレース、最下部の沢に出てからも巧みに滝を回避しながら高橋谷川の本流に合流、渡渉を危なげなくこなして林道に這い上がった。
18:30、命を拾った瞬間であった。
* * *
ひとつ断っておく。わたしはあの日、山で死んでやろうなどとは露ほども考えていなかった。
だが実際に辿ったルートを後追いでトレースすると、どう控えめに見積もっても自殺するつもりだったとしか思えない。
山行記録の時間は最後のドロップ地点のものを除き、すべて推定である。ランチを摂った小ピークからドロップを開始した909メートルピークまでのあいだ、実はほとんど記憶がない。
人間は死のうと決意して死ねるものではない。それ以上の強烈な生への執着が上回るからだ。
この日までわたしは自殺者の心理がまったく理解できなかった。もちろん、いまならわかる。
意識が飛んでしまえば死への恐怖もなくなる。電車に飛び込む自殺者たちはわたしのように、フォームへ倒れこむその瞬間、明確な意識を失っているのかもしれない。
わたしは今季の暖冬に苛立っている。
もっと雪が降ってほしいと切実に願っている。
とっくの昔に卒業したと思っていた、厳冬期のチャレンジングな山行への意欲が増しているのがわかる。
次また大寒波が日本列島を襲来したら、きっと山へ出かけていくだろう。
もし読者にいくばくかの慈悲があるのなら、これがわたしの遺作にならないよう、どうか祈ってやってほしい。
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- 縁が無かった、それだけです。貴方様の魅力に気付いてくれる運命の人は必ず居ますから。命が勿体無いったらありゃしない。うんこりん
- とことん生きて下さい。人間は知恵が付き過ぎて、生きることの意味を複雑にしすぎていると思うのです。 天寿を全うして下さい。boildegg
- この文才を失うのは惜し過ぎる。 遺作にならない様お願いします!!1人で寝れない