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中編

核弾頭はどこへいった

しもやん 2019年8月3日
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 冷戦が1990年代初頭にソビエト連邦の瓦解と同時に事実上幕を閉じ、全世界を巻き込む核戦争の脅威はなくなったかのような雰囲気が蔓延している。本当にそうだろうか。  核軍縮は一応続いているものの、アメリカ・ロシアともに万単位の核弾頭をいまだに備蓄しており、それらは広島・長崎に投下された原子爆弾の数百倍の威力を誇る。それらが厳格に管理されていればまだ安心できるのだが、ロシアからは崩壊する際に大量の軍事兵器が国外へ流出している(かの国では官僚が資本主義へ転換する際の混乱をうまく利用し、空前の規模で汚職が行われた。彼らはしばしばロシアン・マフィアと共謀し、あらゆる悪事に手を染めたとされている)。  戦車や航空機はソ連の支援していた国家へ流れていき、いまだに北朝鮮では旧式のミグ戦闘機が現役でがんばっていたりする。その程度であればわれわれは笑っていればいい。IOT管理された最新兵器の前に、人間が操縦する音速機は完全に時代遅れである。  問題は核兵器や中性子爆弾などの大量破壊兵器である。これらがどこかの敵性国家へ格安で売り払われた、という程度のことならまだいい。イラクであれシリアであれアフガニスタンであれ、どのような国であっても指導者はそれなりの知能を持ち、狡猾な打算のもとに動いている。北朝鮮ですら本物の核弾頭を日本へ予告なしで発射したりはしないだろう。それは単なる自殺行為だからだ。  核兵器の運用には〈相互確証破壊〉という概念がある。仮に北朝鮮が核ミサイルによる先制攻撃を日本へ仕掛けたとしよう。日本の国土の一部はガラス質に変容し、当分のあいだは利用不能なレベルの放射能に侵されるかもしれない。だがそれだけだ。日本は依然機能しているし、即座に日米同盟に泣きついてアメリカを焚きつけることができる。アメリカは目の上のたんこぶである北朝鮮を一掃する好機と判断し、遠慮なく核ミサイルを撃ち込んでくれるだろう。それもおそらく1発ではなく、「敵性国家殲滅」を理由に何発も余分におまけをつけてだ。  このように核による先制攻撃にうまみはない。第一撃で相手国を完膚なきまでに叩きのめしてしまわなければ、必ず反撃を受ける。それは苛烈を極めるだろう(核弾頭を保有していない国家への攻撃だとしても、結局は同じことだ。NATO(北大西洋条約機構)あたりが即座に報復するはずだからだ)。したがって核攻撃はなされない。この理屈が冷戦期をかろうじてホットにしないよう抑制していたのである。  だがもし超国家的な犯罪組織――要するにテロリストのことだが、彼らが旧共産圏から流出した可能性のある大量破壊兵器を手に入れたとしたらどうだろう。滅ぼされて困る国家がない敵ほど厄介な相手はいない。彼らはどこにでも潜伏し、小規模だが神出鬼没なゲリラ戦法で戦闘を長引かせ、ハーグ条約を完全に無視する。  そして帰属している国家がないならば、後先考えずに核攻撃をやらかすことさえいとわないだろう。核攻撃はなにも国家しか保有できないような大型の大陸弾道弾だけが発射体になるわけではない。歩兵が運用できるバズーカ砲で発射できるし(当の本人は確実に死ぬだろうが)、無誘導でよいなら航空機から投下することだってできる。アタッシェケースに入った中性子爆弾が都市部で爆発し、高速中性子に撃ち抜かれて住民が全滅した無傷の――ただし無人の――都市ができあがる可能性もある。  われわれはニュースで目にするシリアの戦闘やパレスチナの終わりなき報復合戦を見て、いつも心を痛めている。同情は自分たちが蚊帳の外だと思っているからこそできる。だが事実はまったくちがう。  核は解き放たれた。全世界の住民が蚊帳のなかにいるのだ。

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