
長編
お礼をしたいので 2
しもやん 3日前
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すぎだった。なぜか彼女が時間通りにやってきたのだ、という確信めいた予感があった。登山口周辺は鬱蒼と茂った杉林で視界は悪い。どこにでも隠れられるスペースはある。なぜ隠れているのかはともかくとして。
街の灯の届かない山林なので、すでに真っ暗だった。5分ほど周辺を携帯のライトで照らしてみたけれど、堆積した落ち葉と枯れ枝があるばかりで、人間が隠れているような様子はない。それでもなんとなく、絶えず人の気配だけは感じられた。かすかな息遣いが聞こえてくるような気さえする。
埒が明かないので、思い切って会うことになっている女子大生へ電話してみた。12コールめあたりで諦めて切ろうとしたとき、誰かが出た。
「もしもし、桐谷ですが」
名乗ってみたが、返事はなかった。にもかかわらず、確実に誰かが電話口にいる。息を殺しているような気配がひしひしと伝わってくる。もしわたしを担いだのだとしたら、いまごろ彼女は自室のベッドに寝転がって笑いを噛み殺しているはずだ。ところが電話には絶えず風らしき雑音が入ってきている。明らかに野外で電話を受けているとしか思えない。
スマートフォンをスピーカーに切り替え、何度も呼びかけてみた。次第に返事らしきものが聞き取れ始めた。外は風が強いので運転席へ戻り、音量を最大にあげてじっと耳をすませた。
「あたしは後ろにいるよ」
声は電話と後方から同時に聞こえたような気がした。思わず振り返った。後部座席には誰もいない。電話も切れていた。もうかけ直そうとも思わなかった。約束の時間に集合場所へきたけれど、落ち合えなかった旨をSNSを経由して送り、車を始動させた。
1秒たりともこの場にいたくなかった。
エンジンを何度もかけ直さなければならないようなこともなく、車はスムーズに走り出した。
去り際、バックミラーに一瞬、人が映ったような気がした。朝夕はセ氏一桁まで下がる3月だというのに、キャミソールとホットパンツという場ちがいな格好をしていて、顔には暖色系のアイシャドウを施しているのがはっきりわかった。あるいはそのように見えただけなのかもしれない。
* * *
その日の夜、彼女から連絡がきた。以下にはSNSで受信した内容を原文ママで掲載する(絵文字や感嘆符は省略。また個人名は仮名とした)。
女子大生 今日はありがとう。会えて嬉しかったです。
わたし 佐伯さんは集合場所にいなかった
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- 女子大生とのやり取りで「車にのせてもらった」という箇所がゾワッとすると同時に寂しさを感じました。 もうこの世にいない状態で車に乗っていたのか、保護されたときの思い出を話しているのか…と。 彼女のお礼とは何だったのでしょうか。 夢も気になります。 続編があるのなら3作目の投稿を是非よろしくお願いしますうみゅ
- 続き読めて嬉しいです!待ってました。3作目も気になるけどそれから何も無いんですかね。。。うんこりん
- 彼女は優しさがきっと嬉しかったのかな。もはや彼女は最初からこの世のものでなく霊でもなくもののけの類いだったかも知れないですね、現代の雪女はキャミとパンツのギャルだったり。。?Googleマップで登山口見てみたみを
- お化けですよねこたくん