
中編
市松人形
まー 3日前
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状況を恨んでいた。
夕暮れどき、夫の稲吉と家に帰ると姑のエツが表に出てきた。
『おけい!飯の支度はまだか!お前はほんに出来損ないの嫁じゃ!行くあてもないお前を嫁にもろうてやったというに。』
エツがけいに罵声を浴びせた。芸者だった姑は、派手好きであり、着物に目がなく、借金まみれだというのに、行商人から気に入った反物をつけで買いあさっていた。
稲吉とけいは、エツの着物の借金を払うために毎日田んぼを這いずり回っているようなものであった。
おまけに家のことなどするわけもなく、朝から白粉に紅をさし、良い着物を着てはフラフラと出かけてしまうという有様であった。
けいはエツの言葉にはむかうわけでもないが、ぷーっとふくれっつらをしてやるのだ。下ぶくれの顔が更に下ぶくれた。
ーー大正十三年の初夏、この村に流行り病が流行した。
姑のエツがあっという間に病没したのは夏のはじめのことであった。
母の後を追うように夫の稲吉も流行り病で世を去った。
けいは一人になった。
稲吉と前妻との間に子はなく、けいとの間にも子ができなかったのだ。
この頃から、けいは嫁入りのときに持ってきた唯一の花嫁道具である市松人形を異様なほど溺愛するようになっていた。
やがて、けいの家から幼い女の子の笑い声が聞こえてくるようになった。
家の前を通りかかる村の者は、障子越しに揺れる二体の影を見た。
そして、けいは村の者と一言も口をきかなくなった。交流もなく、毎日家に閉じこもるようになっていった。
やがて、市松人形が家の中を一人でに歩くようになっていた。まるで、けいに成り代わるかのように。
けいは、いつの間にか物言わぬ人形になっていた。
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- まず、巨(おおきい)漢(おとこ)という意味だからな。覚えとけよ。夢幻