
長編
望みと現実
ヨッピ 2016年11月20日
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赤く染まるバスタブ。
血の気が引き、青白くなってゆく私の身体。
眠気と寒さに包まれた私が最後に願った事は
『死にたくない』
だった。
所謂私はクラスのいじめられっ子というヤツだった。
そのきっかけは、どうしよう無くくだらない理由。
私はある男の子に告白された。
その時の私には、男の子と付き合うなんてとてもじゃないけど考えられず、結果的にふってしまう事になったのだが、それがいけなかった。
可愛さ余って憎さ百倍ってこういう事なんだな。
その男の子は私がとても酷いふり方をした挙句、根も葉もない噂までばらまいてくれた。
そして、運の悪い事に、私のクラスの一人がその男の子の事を好きだった。
私とその女の子では、社交性のレベルが天と地ほどの差があり、元来口下手な私は悪い噂を消して回ることなんてできない。
いつの間にか私は学校一の悪女というレッテルが貼られてしまった。
学校に行けば上履きがない。
ノートや教科書は隠されたり、破かれる。
机には悪口を書いた紙が貼られている。
班行動などはもちろん私はいない存在。
トイレの個室に閉じ込められて、水を掛けられたりした事もあった。
そんな毎日でも、私には支えてくれる友達がいた。
小、中、高と一緒に過ごしてきた、親友と言える友達。
由美と仁美。
この二人がいたから、私は辛い日々でも過ごしていけた。
クラスが違う私の事をいつも気にかけてくれて、私を地獄のような世界から連れ出してくれる休み時間だけが、あの時の私に許された平穏に過ごせる時間だった。
夏休みになり、僅かな時間ではあるが苦痛の日々から開放された私は、由美と仁美と一緒に束の間の幸せを楽しむ事が出来た。
カラオケに行って声が枯れるまで歌った。
ちょっと遠くの海に行き、ナンパらしきものをされて、困惑して固まる私を見て笑う二人。
三人でパジャマパーティーをして夜通し話をして、お母さんにうるさいって怒られた。
肝試しと称して近所で噂の心霊スポットに行った時、急に仁美が『あそこにいる』とか言い出した時は、由美と二人で涙目になった。
花火大会には三人で浴衣を着て見に行ったね。
ずっと三人一緒だったね。
ホントに、ホントに楽しかった。
夏休みが終わりに近付き、もう少しで新学期が始まるある日、私はとてつもない恐怖に襲われた。
今まで楽しかった日々と、明日からまた始まるであろう辛い日々のギャップが大きすぎた。
運の悪い事に、その日は由美も仁美にも連絡がつかなかった。
押し潰されそうな恐怖の中、私は発作的に行動を起こしてしまった。
あんな毎日に戻るくらいなら、死んだ方がマシだって思った。
そして、私は手首を切った。
そんな事があったって、新学期はやってくる。
その日は私の憂鬱な思いとは裏腹に、まだ残暑の厳しいよく晴れた日だった。
いつもの通学路を歩く私の先に、仁美の後姿が見えた。
あの日以来、私は仁美にも由美にも会っていない。
気まずさもあるが、二人にはあの日の事を謝らなくちゃいけない。
私は勇気を出して仁美に声をかけた。
『おはよ、仁美』
振り向いた仁美の足が止まる。
そして仁美は無表情のまま、無言で私を見続ける。
あんな事をした私に怒ってるのかな…それとも呆れてるのかな…
その沈黙に耐え切れず、私は努めて明るい口調で話しかけた。
『えっと…あのさ、なんかゴメンね!心配かけちゃったよね』
無理に明るく振る舞う私を見続けた仁美に、一瞬怒りの表情が浮かぶと、そのまま目を伏せてしまった。
俯く仁美の肩が震えている。
私は、仁美になんて声をかけたらいいのか、もう分からなかった。
『………真理…』
未だ俯く仁美が私の名前を呼んだ。
『……うん』
私はそんな事しか言えない。
『…アンタ…バカだよ……』
仁美の声は震えていた。
そして、仁美の足元に一粒、また一粒と涙が落ちていた。
そんな仁美を見た時、私は心の底から馬鹿な事をしたと後悔した。
仁美と由美がいれば、どんな辛い毎日だって耐えられたのに。
『…ゴメン、仁美…私…ホント馬鹿だったよ……』
その言葉に仁美はゆっくりと顔を上げ、瞳から流れる涙を拭おうともせず、私の顔を真っ直ぐ見つめた。
『仁美ー!!』
私の背後から、由美の声が聞こえる。
振り向く私の視線の先に、由美がこちら向かって走ってくるのが見えた。
『…由美』
由美にも伝えなきゃいけない事があるのに、そこから先の言葉が出てこない。
『仁美!どうしたのよ?なんで泣いてんの!?』
ビックリした様子で仁美に詰め寄る由美。
『……真理が…真理が…』
私の名前を何度も呟仁美を、由美は力いっぱい抱き締めていた。
『…うん…うん……そうだよね…』
仁美をなだめる由美も、多分泣いていた。
由美に連れそわれて仁美が歩き出そうとした時、仁美が私の方に振り返った。
仁美の口が動き、何かを言っているようだったが、もう私には仁美の声は聞こえなかった。
そんな仁美の肩を抱いて、私の方を見る由美には、きっと私は見えていない。
立ち去る二人を見つめながら、私は気付いてしまった。
分かってしまった。
そっか、私の願い…叶わなかったんだ。
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