
江戸時代、清水寺の舞台から人が飛び降りていた。これは誇張でも伝説でもない。実際に記録が残っている。願いが叶うと信じられ、二百件を超える飛び降りが行われ、その多くが生き延びたとされる。
問題は、なぜ人が「助かる可能性が高い」と分かっていても、わざわざ十三メートルの高さから身を投げたのか、という点だ。
ある町人の記録が残っている。商いに失敗し、借金を抱え、家族に顔向けできなくなった男だ。彼は死ぬつもりではなかったと書いている。「願いを叶えるために飛んだ」と。だがその前段にはこうある。「このままでは生きていても同じことだ」。
願いと死は、紙一重だった。
舞台の上に立つと、下の木々が揺れている。風が上がる。観衆が息を呑む。誰かが手を合わせる。飛び降りる者は、その瞬間、自分が特別な存在になったと錯覚する。人生の主導権を取り戻した気になる。追い詰められた末の行為であっても、「自分で決めた」という感覚が、最後の誇りになる。
それが流行した。
一人が飛び、助かる。願いが叶ったと噂が立つ。次が続く。さらに続く。やがて「飛ぶ」という選択肢が社会の中に常設される。追い込まれた者の思考に、常にその映像がちらつくようになる。
選択肢が存在すること自体が、人を舞台へ引き寄せる。
飛び降りた者の八割以上が生還したという記録がある。だが、生還した後の記録はほとんどない。彼らがその後どう生きたのか、何を失ったのか、どんな目で世間を見たのかは残っていない。
想像するしかない。
一度、死ぬ覚悟で身を投げた人間は、以前と同じ心ではいられない。助かった瞬間、奇跡ではなく「死に損なった」という感覚が混じる者もいただろう。願いが叶わなかった場合、もう一度飛ぶのか。それとも、飛べなかった自分を恥じるのか。
飛び降りは信仰の形をしているが、実態は社会的圧力と自己否定の極点だった可能性が高い。願いを叶えるための儀式というより、「ここまで追い詰められた」という証明行為に近い。
そして最も恐ろしいのは、これが異常な個人の逸脱ではなく、一定期間「流行」したという事実だ。
人は、高さに惹かれる。追い詰められると、極端な行為に合理性を見出す。周囲がそれを信仰として容認すると、ためらいは急速に薄れる。
舞台は今も残っている。観光名所として賑わうその場所で、かつて多くの人が、自分の人生を賭けて身を投げた。
願いを叶えるためではない。
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