
中編
時計
匿名 2016年1月25日
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これは私が小学生だった時の話です。
「トワイライトゾーン」という言葉を知っているでしょうか。昼でも夜でもない曖昧な時間帯、夕暮れ時のことを「怪異が起こる時間」という意味で使った言葉です。
私の体験はこの「トワイライトゾーン」で起きました。
秋の頃だったでしょうか。私はマンションに住んでおり、学校から帰ってきて電気をつけ、ランドセルを机に置き、何をするでもなくソファに寝っ転がってぼーっとしていました。
母は買い物に行っており家におらず、兄もまだ部活から帰ってきておらず、家には私1人でした。普段は母が家にいるのでその日は少し寂しかったのを覚えています。
ソファに寝っ転がると、ベランダにつながるガラス戸と、その上に我が家から昔からあるアナログ時計が目に入ります。子供の腕の長さくらいのサイズの、丸い形のもので、秒針がゆっくり、一定間隔で音を立てています。
4時55分か
空は橙色に変わり、ガラスに夕日が差し込み家の中は暖かく、赤く照らされ、すっかり夕暮れ時になっていました。こつ、こつ、こつ、という秒針が刻むリズムが心地よく耳に響きます。
私は、今日の晩ご飯はなにかな、宿題はいつやろうかな、そういえば鉛筆が少なくなってきたから買ってもらわないとな、など取り留めもないことを考えていました。
そうこうしていると、外から「赤とんぼ」が流れてきました。5時とか6時になると防災放送?みたいなのから流れるやつです。公園で遊んでいたであろう子供の賑やかなはしゃぎ声が近づいてきます。
5時か
母は5時半には帰るとの書置きを残していたのでそれまで待つことにしました。テレビをつけても通販やニュースばかりで、暇を潰せるような番組はやっていませんでした。
暇だなあ
そう思って、ふと時計を見やると……
時計は4時15分を指していたのです。
あれ、45分戻ってる。
さっき5時の赤とんぼ聴いたよね
おかしいな、と思いながらも家に帰ってきてからずっとぼんやりとしてましたから、夢でも見て実は今起きたのかななんて思っていました。
そう思いながら、また時計を見やると……
今度は3時30分を指していました。
また45分戻ってる
子供ながらにさすがにこれはおかしいと感じ始めました。3時30分だとまだ学校にいる時間です。早退なんて1度もしたことがありませんでしたから、今家にいることが出来る理由が何一つないのです。
それにおかしな事はまだありました。時計の秒針が、すーっと、音もなく逆向きに回っていたのです。
それに、付けっぱなしにしていたはずのテレビはいつの間にか真っ黒な画面をこちらに向けていたのです。
何よりおかしかったのが外の様子です。3時30分なのにもかかわらず、真っ暗なのです。いえ、正確に言うならば、真っ黒だったのです。洗濯物も、ベランダで育ててた花も、何もなく、ただ黒々とした空間だけが広がっていたのです。
家の中は異様な雰囲気に包まれていました。音もなにもない、一切の静寂の中で、ただ時計の秒針だけが、ただ静かに動いていました。
そして時計は、2時45分を指していました
やばい
全身の毛穴がぶわっと開き、冷や汗が止まらなくなりました。
やばいやばいやばいやばいやばいやばい
何かをしようと思っても体が動きません。いえ、体を動かそうと思えないのです。ここで動いてしまったら一生元の世界に戻れないのではないかという圧倒的な恐怖が体を、頭を、支配していました。
その時突然、外から「赤とんぼ」が聞こえてきたのです。
テレビは元通り、商品を説明する明るい声が響き、空は橙色に、時計は、5時を指していました。
私の体は震えていました。元に戻れたんだという安堵感で体が自由になったんだと思います。
その後、母が帰ってきて、体験したことを話しても笑って取り合ってくれませんでした。
私が体験したあの空間は何だったのでしょうか。今でも夕暮れ時に「赤とんぼ」が流れると、全身に鳥肌が立ってしまいます。
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