
長編
ウルドゥー語に呪いを込めて
しもやん 3日前
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り立っており、天秤がどちらかへ傾けば即、資金はショートする。
実際、そうなった。取引が始まって2年も経たないうちに。
終わりの見えない取り立ての日々が始まった。
* * *
「払う払う。ワタシマジメネ」
これがモハメドさんの口癖だった。うちの会社は比較的温和なほうで、支払いの意思があるのなら法的措置までは検討せず、地道に少しずつ払ってもらうだけにとどめていた。2~3か月に一度、数万円程度の少額を返済してもらっていたのだが、焼け石に水であった。債権総額はその数百倍はあったはずだ。
こうした細々とした返済もやがて滞り始める。3か月に一度はコンスタントに入金されていたのが4、5、ついには半年まで間延びし始めた。入金額も1万円を下回り、早晩モハメドさんが尻をまくって出奔するのは目に見えていた。
* * *
モハメドさんの未返済期間が7か月に達したあたりで、堀田総務部長に会議室へ呼び出された。
総務部長は経理関係の責任者を兼任しており、営業部の入金状況は彼が一手に管理している。薄く色の入った眼鏡に縮れ系のパーマという風貌で、とても堅気の務め人には見えない。
「なんで呼ばれたかわかるか」
「モハメドさん案件の残債回収についてですよね」
「わかっとるならはよ回収せんかい」
総務部長は大阪出身で、前職は金融関係畑だったと聞いている(ノンバンク系の消費者金融であった由)。そのせいか人一倍取り立てには厳しい人物で、焦げ付きは1円たりとも許さないというもっぱらの噂だった。
「支払いの意思はあるようなんですが……」
「支払いの意思があるならなんで入金が遅れとるんや。意思なんかどうでもええねん。行動で示すべきやろ」
「ない袖は振れないんと違いますかね」
総務部長が舌打ちとともに長々とため息をついた。わたしはこの場から一刻も早く逃げ出したくなった。部長はタバコの煙を盛大に吐き出し、デスクの引き出しから小さな長方形の紙切れを取り出した。
「ここに電話せえ」
渡されたのは名刺だった。会社名は大阪市某所にある〈渋沢興業〉とあり、担当者の名前は桑原某氏で、肩書きは〈債権回収課 課長〉となっていた。不吉な予感がした。名前からして堅気の会社ではない。
わたしは名刺を食い入るように見ていたと思う。何度も名刺と部長の顔を見比べた。「自社での回収を諦めるんですか?」
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- 久々の新作は人怖モノで新鮮でした。次回作にも期待します。防空頭巾