
長編
日本101名山
しもやん 3日前
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成したんです」
あいさつ代わりに聞いてみた。一種の礼儀のようなものである。
「終わった」
「終わった?」
「せやから、百名山は全部登ったいうこっちゃ」
話が見えてこない。百名山完登を成し遂げたあとの気楽な山行なのだろうか?
「なぜ今日は空木岳に?」
和泉さんはわざとらしくトーンを落とし、秘密めかした雰囲気を作った。
「なあ兄ちゃん。アンタ101名山って知っとるか」
「聞いたことないですね。200名山の最初の1座とか、そんなような意味ですか」
「ちゃうちゃう。百名山枠でもう1座あんねん」
和泉さんはザックから書籍を取り出した。使い込まれているのか、表紙のカラー印刷ははげ、各ページも水濡れのせいで波打っている。
もちろん書籍名は〈日本百名山〉。劣化が激しいこと以外はなんの変哲もない、どこにても売っているありふれた本だ。
「これに書いたるさかい。いちばん最後のページや」
わたしは訝しみながらも目次を確認した。すると100番めの宮ノ浦岳の後ろに、101番めの山岳名が確かに記載してある。〈禍嶺〉と書いてあったと思う。ルビは〈まがつみね〉と振ってあったとおぼろげながら記憶している。聞いたことすらないが、どことなく不吉な山名だ。
ページをめくっていく。ところどころ糊で張りつけてあるのか、容易には開けそうもない部分があった。本全体が赤黒く変色しており、あまり長く触っていたいとは思えない代物である。
〈禍嶺〉のページを開こうとすると、糊が剥がれるベリベリという不快な音が鳴った。所有者のほうを見る。彼はかすかにうなずいた。このまま強引に開いてもよいらしい。
「なんでこんな風にへっついてるんです」
「もらったときからそうなってんねん」
わたしは彼の顔をまじまじと見つめた。「もらった……?」
和泉さんが語ってくれた劣化の激しい〈日本百名山〉と〈禍嶺〉のエピソードは大意、以下の通りである。
* * *
事情通の百名山ハンターのあいだには、101番めの〈禍嶺〉が紹介されている幻の〈日本百名山〉が存在するというまことしやかな噂がいつのころからか、囁かれ始めていた。
噂によれば同書の売れゆきが伸びて増刷がかかった第4版改定時に〈禍嶺〉は足されたのだが、青焼きの段階でチェックミスが起こり、最終的に大量の未改定本が世に出回ってしまった。これは〈禍嶺〉が足された最終折が差し替えられな
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- 奥の深い実話怪談でした。 百名山に魅せられた挙げ句、存在すら疑わしい未踏の101目の山「禍嶺」に傾倒するあまり、愛する家族や、生きる希望すら失ってしまった人間の業。ラスト一文が、切なく響きました。慈母観音
- 山には登らないけど話は興味深くおもしろかったです。うんこりん