
配送の仕事で、初めての顧客の元へ向かうことになった。
その顧客の住所は山の中にある工房で、最寄りの駅からはバスが出ていることは知っていた。しかし、うっかり次の駅で降りてしまった。そこからはバスはなく、工房までの距離は短いので、少し歩いて戻ることにした。
すると、運よく通りかかったタクシーに乗ることにした。周囲は静かな住宅街で、道の端には奇妙な石像が立っていた。
「すみません、○○工房までお願いします。」
運転手は年配の男性で、穏やかな顔をしていた。「かしこまりました。」と返事をし、車は走り出した。私は後部座席の右側に座り、ふと運転手に話しかけた。
「運転手さん、タクシーには怖い話ってありますか?」
「特にないですよ。」と運転手は答えた。私は少し気まずくなり、沈黙が続いた。
タクシーは町を離れ、次第に山道へと進んでいった。しばらくすると、トンネルの入り口が見えてきた。運転手は「ここで止めてもいいですか?」と尋ねた。
「はい、いいですよ。」私はタクシーを降り、トンネルの入り口に近づいた。
「お客さん、何をしているんですか!」突然、運転手が私の腕を掴み、引き戻した。
「え?何が起きたんですか?」
「あなた、トンネルの中に入ろうとしていたんです。」
私は驚いた。確かに、その時の記憶が曖昧だった。運転手は続けて言った。「このトンネルは自殺の名所で、過去に多くの人が亡くなっているんです。」
「亡くなっている…?」
運転手は静かに頷いた。「ここで降りたお客さんが、皆同じようにトンネルの中に入って行ったんです。」
「それがあなたの目の前で起こるかもしれなかった。」
その言葉に、私は身震いした。運転手はトンネルの出口に見える小さな石碑を指さした。「あれが慰霊碑です。亡くなった人たちのために。」
私はそれを見て、何か大きな違和感を感じた。運転手は続けて言った。「お客さんも、あの石像の近くで乗ったんですよ。」
「その石像に何か関係があるんですか?」
「何かあるんでしょうけど、詳しいことはわからない。」そう言う間に、工房へ到着した。運転手は怖い話はなかったと言っていたが、実際にはただの一瞬の出来事が、深い闇を隠しているように思えた。
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