
長編
ダサ子さん
きき 2020年1月27日
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もう10年以上前になるけど、俺が某アパレル会社で働いてたときの話。
その会社はいわゆる「出る」とこだった。
ちなみに出るのは二人で、嘘みたいな話だが一人はおそらくは日本で一番有名なあの方に容貌が酷似していたので敬意を持って「ダサ子さん」と、もう一人は男の子で顔色が悪いことから愛着を込めて「オンジュくん」と呼ばれていた。
さらにダサ子さんを見るのは決まって男性社員で、オンジュくんを見かけるのは女性社員ばかりなのでしばしば論争の火種になったりもした。
まあ出るっていっても特に害があるわけでもなく、「残業で終電がなくなったから仮眠とってたら横にダサ子さんが立ってた」とか「給湯室にオンジュくんが入って行った」みたいな他愛もない現象ばかりだったのでしまいには皆慣れっこになってて「ああ、またか」みたいな空気でそれなりに楽しんでもいた。
年一でお祓いもしてたんだけどお祓いの当日から見掛けたりしたもんで、御祈祷の御札は「祓えない」から「払えない」となり、飲み会で奢って貰ってばかりいる社員の席に集められたりもした。
そんなわけで俺もちょいちょいダサ子さんを目撃はしてたんだけど、一回だけガチで怖い思いをしたんでその時の話。
その日も俺は残業で気付けば0時回ってた。そろそろ帰ろうかとフロア内に残ってる人に声を掛けにいった。いつもならこんな時間でも結構残ってるんだけど珍しく誰も居なくて、俺の他は企画部の女の子(以下、A ちゃんとする)が一人居るだけだった。
「残ってるのAちゃんだけ?俺先に帰るけど警備ロックのやり方わかる?」
「ああ、俺さん。いや私わかんないです。私ももう帰るから一緒に出ましょう。」
ちなみに会社を最後に出るときに警備ロックをかけるんだがカードキーは管理職しか持っておらず、俺のような平社員が最後に退勤する場合は全フロアに誰も居ないのを確認してから警備会社に電話して外部ロックしてもらうという非常に面倒臭いシステムだった。そんなわけでAちゃんが帰り支度をするのを待っていると企画部の電話が鳴った。受話器を取るAちゃん。
「はい〇〇(会社名ね)です。…もしもし?〇〇です。…もしもし?」
怪訝な顔をしながら受話器を置く。
「どっからだった?こんな時間に。」
「なんか電波が悪かったのかな?よく聞こえなかったんですよ。こう周りがザワザワしてて、居酒屋とか駅とか人が大勢いる感じで。で、切れちゃいました。」
多分、あいつかあいつらか。ウチの会社では早く帰って飲んでる連中(主に役員系)が「△△で飲んでるから会社にいるやつら皆で来い」だとか「明日急にプレゼンやる事になったから準備しといて」などと巫山戯た事を言う連中が山程いた。今回もそのパターンだとAちゃんも察知したので、電波が悪くて聞こえなかったならこれ幸いと支度を急いでいると今度は俺の部署の電話が鳴った。(企画部とは別回線)
しつこい。かけてるやつは全部署にあたるつもりだ。無視しようかとも思ったが社畜の悲しい性かつい取ってしまった。
「はい〇〇です。」
Aちゃんの言ってた通り電波が悪いのか声が遠い。なにか喋っているというのは解るが内容が聞き取れない。周りも雑踏の中のように大勢の気配がありザワザワと五月蝿い。
切ろう、と思ったがふとナンバーディスプレイが目に入った。見ると案の定携帯電話からの発信だ。Aちゃんに社員の携帯番号の一覧を確認してもらおうと受話器を持ったまま口頭で番号を読み上げる。電話はまだ繋がってるけどまあいいや、ザワザワが続いててどうせ聞こえない。
「言うよー。09061…」
番号を最後まで言い終わらないうちに、
「俺さん!!切って!電話切って!!」
Aちゃんが叫んだ。慌てて電話を切る。
「ビックリしたー。どしたの?」
「その番号…私の携帯のです…」
「はえ?なら、Aちゃんの携帯は?」
「ここにあります…バッグの中…」
震える手で携帯を出すAちゃん。
ゾッとした。
このパターンはなかった。ダサ子さんもオンジュくんも見掛けるだけだったのだから、どちらからにせよ初めての向こうからのアプローチである。
なぜよりによって俺なのか?「払えない」札が三枚もデスクにあるからか?などの思いが渦巻いたがそれどころではない。
怖い。
尋常じゃなく怖い。
今まで無害だったものが突然仕掛けてくる。この恐怖がお解りいただけるだろうか?
害はないからと部屋で放置していたゴキブリが急に自分に向って飛んで来るかのような恐慌である。
Aちゃんと俺は何故か無言になり、アイコンタクトのもとお互い携帯の電源を切る。これまた何故か忍び足でフロアの出口に向かった。
今度は生産管理部の電話が鳴る。もちろん取らない。ディスプレイも見ない。
ドアを閉める。一息つく。ふぅー。一旦落ち着こう。
今いるここは3階(社屋は4階建て)。
4階の営業部にはだれも居ない。三沢光晴似のO島さんが「営業部俺で最後だから」と行って帰ったのが一時間ほど前。
2階はプレス(広報部)。あいつらは大体定時で帰るから居ない。はず。
1階は倉庫。そもそも人が居ない。はず。
社内には俺ら二人だけ。
手順をおさらい。
1階まで降りたらSE〇OMに電話して遠隔ロック。これで終了。
落ち着いて行動すれば3分程度で終わる。
大丈夫。
「押さない」「駆けない」「喋らない」の3原則を胸に、Aちゃんとゆっくり階段を降り始める。
4階からも電話の音がする。が、気にしない。
まだ慌てる時間じゃない。
2階を通過。の際に誰も居ないフロアから電話音と足音。
「ひっ…」
Aちゃんが叫びそうになるが堪える。
俺は「置いてけ」「構うな」「仕方ない」の3原則が胸をよぎるが我慢。
二人でゆっくり階段を降りる。
ようやく1階に到着。自動ドアが開き外へ。
梅雨明け宣言したばかりの不快な湿度でも嬉しい。
生還した。
喉元過ぎればなんとやら、明日出社したら皆に語ってやろう。なんて言いながらSECO〇に電話する。
「もしもし、〇〇の俺ですが遠隔ロックお願いします。」
「はい、〇〇の俺さんですね。社員番号と電話番号をお願いします。」
「はい、社員番号〇〇で電話番号〇〇です。」
「確認しました。それではロックします。建物内には誰もいらっしゃっいませんか?」
「はい」
「それでは警備を開始します。」
その瞬間
バァン!!!!
目の前の自動ドアが内側から全力で叩かれた。
曇りガラスには手のひらが張り付いていたのがはっきり見えた。その奥にうっすらと白いシルエット。
ダサ子さんだ…
ピーッ!ピーッ!ピーッ!
「異常を感知しました」
機械から流れる警報音が響く。
「どっ、どうしましたか?!残ってる人が居たんですか?全フロアで異常発報してますが?!」
SECO〇の担当者が慌てている。
俺とAちゃんは声も出せずにただ見ていた。
警報の電子音が響くなか、曇りガラスに張り付いた手のひらがゆっくりと消え、またガラスに叩き付けられるのを。
バァン!!!
バァン!!!
バァン!!!
何度も狂ったように叩かれるドア。
いつの間にか警報音は止み、電話からSECO〇の声がする。
「もしもし!俺さん?聞こえてますか?今、一旦警備を解除しました。担当者を現場へ向かわせますので到着までその場でお待ち下さい。」
「ああ…はい…」
「何が起きたんですか?説明出来ますか?」
「ああ…話せば長くなりますが、機械の誤作動かと…とにかく中にヒトは居ません。」
「解りました。それでは詳しい内容は現場で担当者にご説明お願いします。」
電話を終えるとダサ子さんも消えていた。
振り返るとAちゃんは腰が抜けたように座り込んでいた。
「大丈夫?立てそう?」
「あ、はい。立てると思います。」
「SECO〇が来るまで居ろってさ。とりあえずAちゃんは帰んな。」
「はい…でも凄かったですね。私初めて見ちゃった。」
俺はAちゃんに気になってたことを聞いてみた。
「見たって、何が見えたの?」
「何って、オンジュくんですよ。すっごい蹴ってましたね。」
「マジか…」
俺はちょっと笑ってしまった。
後日談のようなもの
とりあえずAちゃんをタクシーに乗っけたあと10分位でSECO〇さんが来た。それから担当者さんと状況確認という名目の「ドキッ!二人っきりの心霊スポット探索」が繰り広げられたけどこれは割愛。
次の日に起こった事を社内で話したけど、やっぱりダサ子さんとオンジュくん論争になり、なんとなくこの件もうやむやのまま結局俺はこの会社に8年勤務しましたとさ。
後日談:
- 大したことじゃないけど一応追記。 男にはダサ子、女にはオンジュ、ならあいつは? ということでプレスにいるオカマに聞きにいったところ「両方見たことない。そもそも幽霊を信じてない」と吐かしたので、よってたかって「なんのためのオカマだ」「もうオカマ辞めろ」「親孝行しろ」などと罵詈雑言を浴びせていたらしまいには泣かしてしまった。 本人曰く「オカマは繊細なのよっ!」だそうです。 後日人事部長からこっぴどくお叱りをうけました(こいつはゲイ)。 ちなみに人事部長はダサ子さんを見たことがあるそうです。
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