
三年前、冬の植物園で会った人のことを、今でもときどき思い出します。
当時の僕は二十七歳で、恋人がいたことがありませんでした。婚活アプリを始めて四か月。反応はほとんどなく、退会の手続きをしようとした朝、ひとつだけ新着メッセージが届きました。
相手のプロフィール写真には、短い黒髪の、落ち着いた雰囲気の女性が写っていました。三十二歳。植物園めぐりが趣味で、好きなものは古い映画と焼き菓子。近所に住んでいるという点まで、僕とよく似ていました。
向こうから「写真の温室、どこですか?」と聞かれ、僕はその植物園の名前を答えました。やりとりは驚くほど自然に続き、相手は仕事の愚痴も、家族のことも話しました。離婚後、息子を一人で育てたこと。今は息子も独立し、ようやく自分の時間ができたこと。苦労した人なのに、文章は明るくて、僕は勝手に「会ってみたい」と思い詰めていきました。
待ち合わせは、植物園の温室入口。冬の午後一時。写真で見つけてもらえるよう、僕は青いマフラーを巻くと伝えました。
約束の時間を少し過ぎたころ、「すみません、母がまだ戻らなくて」と声をかけられました。振り返ると、写真の女性にそっくりな若い人が立っていました。二十代半ばくらいでしょうか。彼女は困ったように笑い、「母と一緒に来たんです」と言いました。
「母?」
彼女が答える前に、背後から大きな足音が近づいてきました。厚いダウンの襟を立てた、背の高い女性です。プロフィールの写真とは似ても似つかない。白髪交じりの髪を無造作にまとめ、息を切らしながらこちらへ手を振りました。
「お待たせ。私が、アプリの人」
僕が言葉を失うと、隣の若い人が小声で謝りました。写真は自分のもの。年齢も自分のもの。母親がアプリを使うのを見ていられず、最初だけ代わりに登録したのだそうです。やりとりの途中からは、母親が自分で返信していた、と。
「話してたのは、私よ。嘘をついたのは最初だけ」
母親は笑って、僕のマフラーを指でつまみました。僕が青を着てくると知っていたのも、写真を見た娘が伝えたからだと言います。
娘は「今日だけ、付き合ってあげてくれませんか」と頼みました。母親がアプリを始めてから、ずっと楽しそうだったのだと。断る言葉を探しているうちに、母親はもう僕の腕を取っていました。
「温室、見たかったんでしょう?」
そう言われ、僕はうなずいてしまいました。
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