
長編
中央アルプスフリーク
しもやん 3日前
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クラストしており、慎重なムーヴが求められた。
東条さんが先にアプローチし、ピッケルとアイゼンを駆使して危なげなくクリア。児玉さんもそれに続く。彼が登り始めたのとほぼ同時に、風速30メートルはあろうかという強風が上で待っていた東条さんを襲った。よろめいた彼は拳大ほどの岩を蹴り落としてしまった。
まるで岩と児玉さんのあいだに糸でも結ばれているかのように、それは登攀中の相棒の額を直撃した。それだけで十分だった。数メートルほど下に叩きつけられた児玉さんの身体は勢いを殺し切れず、そのまま雪をかぶって摩擦係数ゼロの滑り台と化したハイマツ帯へと消えていった。
携帯電話もなかった時代である。自力救助は困難と判断した東条さんは単独で下山し、警察へ通報。大規模な捜索が行われたものの、結局児玉さんの消息はわからずじまいなのだという――。
* * *
「児玉さんをいまでも探しに来てるんですね」
「まあ、そんなところだね」東条さんの歯切れは悪かった。「つまらん話をしちゃったな」
わたしたちはそこで別れた。東条さんはこのまま南駒ヶ岳の山頂で適当にビバークする由。なんでも寝転がるのにちょうどよい塩梅の薄い岩があるのだとか。ベテランのビバークは次元が違う。
その話を聞いた夜、駒峰ヒュッテで布団にくるまりながら決意を新たにした。
〈これからも単独登山を貫徹しよう〉
わたしのような技量の低い人間は、自分の命を守ることすら満足にできないことがままある。他人の命まで気にかけている余裕などあるはずがない。
わたしは山でろくに眠れたためしがない。その日は後味の悪い話を聞いたせいで余計に目が冴えてしまっていた。まんじりともしないまま幾度も寝返りをうちながら、些細なことが気になった。
なぜ東条さんはわざわざ南駒ヶ岳までやってきたのだろうか。仙涯嶺直下が事故現場なのだから、そのあたりを徹底的に捜索すればよさそうなものだ。
* * *
去年の夏、久しぶりに中央アルプス北部の縦走をしていたときだ。
島田娘(2,858メートル)の直下あたりで、わたしは東条さんと5度めの邂逅を果たした。あれから加齢とともに同山域へのアプローチ回数が減ったとはいえ、毎年必ず2度は訪れていたのだが、彼には一度も会わなかった。実に数年ぶりの再会である。
「やあ青年。元気かい」
「おかげさまで。ここ最近見
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- 当然の如く面白い!! お帰りになるのをお待ちしておりました。 ありがとうございます。1人で寝れない